第35話 記憶なんてクソくらえ!

 窓の外から、雀の鳴く声が聞こえる。


 ちゅん、ちゅんと騒がしく鳴くものだから俺は痛む頭を抑えながら……目を覚ました。 


 起きたばかりの俺を押さえつけるのは酩酊感。二日酔いのような気持ち悪さ、と言っても俺は酒を飲んだことがないから、二日酔いなんてわからないが……それに近しいものがある。


 あの時、コーヒーで記憶を飛ばした翌日と全く同じ状況に嫌な予感をいだきながら、布団の肌さわりの良さに意識が引かれた。布団が柔らかく、温かい。


 いつもなら感じないような、心地よさの原因は俺がになっているからこそくるものだった。


「……あい?」


 全裸……と、言いたいが、全裸ではなくパンイチだった。

 そして、そんな俺の真横には下着の一つも付けずに素っ裸で寝ている女の子が。


 俺のベッドの真横で心地よさそうに寝息を立てており、俺が起きたのにも気が付かず「……ん」と、言ってそっと俺の方に手を伸ばしてきた。


「ゆ、結菜ゆいなちゃん……?」


 中学生の女の子が全裸で俺のベッドに寝ている。

 俺も全裸でベッドに入っている。


 そして、俺には昨日の記憶がない。


「……ば、馬鹿な。コーヒーは飲んでないはず……っ!?」


 俺がコーヒーを飲まないのに記憶を飛ばすなんてことがあるのかッ!?

 そして、一体これはどういう状況なんだッ!!


「あ、お兄さん。あったかーい」


 俺が焦っていると、結菜ちゃんは目を覚まして俺の身体に肌を預けてきた。


 うわっ! めっちゃすべすべ! もちもち!!


 俺が赤ちゃんの肌でも褒めるかのような語彙で彼女の肌に感激していると、結菜ちゃんは、顔の筋肉の全てが弛緩したかのようにへらっと笑って、


「お兄さん、好き」

「いや、待って。これどういう状況……?」


 俺は恐怖で顔を青ざめさせながら、結菜ちゃんに尋ねると、彼女は微笑んだ。


「覚えてないの? 昨日のこと」

「ま、全く……」

「可愛かったなぁ、お兄さん。顔を真赤にしちゃって、私の言うこと全部聞いてくれて」

「な、何が……? どういうことなの……?」

「私、学校で虐められててさ。それに、変なおじさんから痴漢とかされるし」

「わ、わからん。何の話……?」


 この子、急に何を言いだしたの!?


「でも、お兄さんは可愛くない私でも、可愛がってくれたから好き。可愛い私を見ても、変わらなかったから好き」

「は、はぁ……どうも……」


 人間、そんな簡単に人のことを好きにならないと思うぞなんて意見は、俺が今まで好きになった相手が出来たことが無いからだろうか。


 この状況の全てが理解できなくて、空恐ろしい。


「でも、お兄さんと私が結ばれるってのは……最初っから分かってて」

「……は?」

「ほら、私が初めてお兄さんと会ったときのこと……覚えてる?」

「……学校見学に行った時のやつか?」

「違うよ。覚えてないの?」

「……ん?」


 俺が始めて結菜ちゃんと出会ったのは、彼女が白女に学校見学に行くと言ったときではなかったか。


「あのね、お兄さんが覚えて無くても仕方ないんだけど……2週間くらい前かなぁ。私が勇気を出して学校に行こうとした時にね、痴漢にあったの」

「……痴漢?」

「そう。電車の中でね、怖くて、怖くて声がでなくて……でも、そんなとき、お兄さんが助けてくれたの」

「……俺が?」


 いや、全く記憶にない。

 と、思ったけど2週間前か。


 2週間と言えば俺がコーヒーで酔っ払って記憶がなくなった時じゃなかったか?


「そう。お兄さんは、可愛くない私でも助けてくれた」

「……困ってたからじゃないか?」

「でも、他の人は助けてくれなかったもん」


 結菜ちゃんはそういって俺の方に転がってくる。


 ひぇッ!

 み、見えてる……ッ!!


「私、お兄さんに連絡先を聞きたかったんだけど……お兄さん、全然私と交換してくれなくて……。でも、お義父さんからお兄さんの写真を見せてもらって、すぐ気がついたの。ああ、あの時のお兄さんだって。そして、思ったの」

「……何を?」

「これはなんだって」


 そういった結菜ちゃんの目はガチガチのガチ。

 一切、その言葉を疑っている様子を見せない……ッ!


 俺はてっきり純朴だから系統的には弥月みつきのような子だと思っていたが、どっちかっていうとこの子はルナちゃんよりのタイプッ! 同系統だから彼女は気がついていたんだっ!!


「でも、お兄さんってなんかちゃんとしてそうだし、妹には手を出さなそうだったから……」

 

 ちゃんとしてたら女の子3人に詰められて胃痛で死にかけない。


「どうにかして、私のものにできないからって考えて」

「……考えて?」

「カフェイン強めの紅茶を飲ませてみたの」

「誰が」

「私が」

「誰に」

「お兄さんに」


 昨日の記憶がないのってそれが原因かよっ!


 確かにコーヒーに比べて紅茶のカフェインの量は1/5!

 それくらいなら俺にもカフェインの症状はでない……が、意図してカフェインの量を増やしていたのであれば別ッ!


 俺はカフェインで酔っ払って倒れるッ!!!


 普段はそれを避けるためにカフェインレスのお茶を飲んでいるのだが……完全に油断した。そこまで仕組まれていたとは……ッ!!


 そんな空恐ろしい方法を取られていたということに俺は戦慄。


 だが、結菜ちゃんがそこまでぶっ飛んでいた人間だと見抜けなかったことにもショックを隠せない……ッ!


「で、でもなんで……こんなことを……」


 ほぼ全裸で男女に2人でベッドイン。

 この状況がどんな状況なのか分からない俺ではない。


「? だから、お兄さんが運命の相手だからだって」

「う、運命の相手だからってコーヒー……じゃなくて、紅茶を飲ませて気絶なんてさせないだろ!?」

「でも、お兄さんは私のことちゃんと可愛がってくれたし、私のお願いもちゃんと聞いてくれたし、私以外にもお兄さんのことを好きな人がいるって思ったら耐えられなくて」


 んなアホな。


「それに、この間占いの人にお兄さんと私の相性を占ってもらったの」

「ごめん。話の流れが全く見えないんだけど」

「私とお兄さん、一億人に一人の相性なんだって。だから、に結婚したほうが良いって」


 絶対、というところを強く強調しながら結菜ちゃんが抱きついてきた。

 俺は彼女から逃げるようにしてパンイチでベッドから降りると、声を震わせながら抗議した。


「い、いや……! 俺たちは兄妹だ……ッ! 結婚なんて……できない……ッ!」

「え? 血縁関係のない義兄妹だからできるよ、お兄さん」


 う、嘘だ……!


 と、恐怖に震えるが冷静に考えてみれば、たしかに血縁関係がつながってないなら無いことも無さそうだったので俺は唸った。そんな時、ガチャリ……と、玄関の方から扉の開く音が聞こえてくる。


「え? お兄さん、玄関から誰か入ってきましたよ……っ!? だ、誰ですか? 不審者!?」


 時間的にはおそらく弥月みつきッ!

 だが、それを知らない結菜ちゃんが俺に抱きついてくる。


 や、やめて!

 いまの格好で抱きついてこないで!! 

 勘違いされちゃうっ!!!


 俺はなんとか扉に抱きつくように飛びかかると、そのまま扉を締め切った。

 

 弥月みつきが急に部屋の中に入ってくるを防ぐのだ……ッ!


 だが、そこは流石というべきか。

 弥月みつきは部屋に入ってくる前にノックを数回したのだ。


 た、助かった……ッ!


「先輩、起きてます?」

「お、起きてる……っ!」

「おはようございます。朝ごはん作りますね」

「だ、誰ですか! お兄さん!!」


 おわっ! なんで喋るんだよッ!!


「え、部屋の中に誰かいるんですか?」

「お、俺の義妹いもうとだ。ほら、この間話した……」

「ああ! そういえば先輩に妹さんができるんでしたね! 私も会ってみたいです」

「ちょ、ちょっと待って。先にリビングに行ってて」


 俺がそういうと、弥月みつきは素直にリビングに向かってくれた。

 慌てて服に着替えようとすると、その手が結菜ちゃんに止められた。


「お兄さん、いまの女の子……誰なんです?」

「部活の後輩だ」

「なんで部活の後輩の女の子が、お兄さんの家に来るんですか。しかも鍵まで開けて」

「そこには深い事情が……」


 深いもなにも俺が酔っ払っていただけなのだが、そんなことを今の時点で説明している暇はない。とにもかくにも、現状の解決が最優先。と、俺は服を着替えてリビングに向かうと……なぜか、ルナちゃんもいた。


「あえ?」

「あ、ルナさんとはそこでお会いしたんです。ハル先輩に会いたいって」

「おはようございます。ハルさん」

「あ、ああ。うん。おはよう……」


 この2人が揃って仲良くしている姿を想像できないので、俺は困惑しながらもそう言うが……問題は我が妹である。ぶっ飛んでいるというかなんというか。


 もう二度とコーヒー惨事は起こさないと誓っていた手前、再び引き起こしてしまった自分が情けなくてしょうがない。もう泣きそう……。


「先輩、どうしたんですか? 顔色悪いですよ?」

「いや……。なんでもない……」


 そんなこんなで弥月みつきからも心配される始末。


「そういえば、ハルさん。義妹さんとは、あれから何もないですか?」

「な、何もとは……?」

「いえ、あの子は何か危険な感じがしたので……」


 最初ルナちゃんがそれを言った時に、俺は何を言い出したんだと思ったが、彼女の推測は大当たり。危険物も危険物。大爆弾だったわけだ。まぁ、俺はその爆発にまんまと巻き込まれたわけなのだが。


「あ、その妹さん。いまいらっしゃるそうですよ」

「……ふうん」


 あ、ルナちゃんの顔が怖い顔になってく。


 どうしよ……と、身構えていると、インターフォンが鳴らされた。

 誰かなんていうまでもない。芽依めいだ。


 なんで、今日に限って全員来るんだよ!!!


芽依めい先輩ですかね? 開けてきますね」


 弥月みつきがそういって玄関に向かっていく。

 そんな弥月みつきと入れ替わるようにして、


「お兄さん、どこです……?」


 まだ眠そうな声をあげながら、俺の部屋から結菜ちゃんがやってくる。


「……っ!?」


 だが、何故か彼女は俺の名前の入っている体操服(中学校のやつ)を着ていた。

 なんでよりにもよってそれ!?


 男物の体操服だが、彼女には体系的にあっていないのか胸の部分がぱつぱつである。すげえ、3年間見慣れた服も、女の子が着るとこんなに違うんだ……。


 と、俺が感動を覚えていると、


「え、なんでハルさんの体操服を……というか、この方結菜ちゃん……?」


 ルナちゃんが困惑した声をあげた。

 そりゃそうだ。色々と変わってるもんな!


 メガネを付けてないし、髪の毛もボサボサじゃない。

 眠そうだが、それでも結菜ちゃんの美しさは一ミリたりとも欠けてはいなかった。それがひたすらに恐ろしい。


「ハル、おはよう……て、誰?」

「い、妹さん……ですか? なんでハル先輩の体操服着てるんです?」


 弥月みつき芽依めいが結菜ちゃんを見て、俺を見る。


 や、やめろ! 俺を見るんじゃない!

 俺だってこの状況の理由を知りたいんだ……ッ!


 そんな俺に助け舟を出すように、結菜ちゃんが口を開いた。


「なんでって、服がこれしか無くて」

「……う、嘘だろ? だって他にも服が」

「いや、お兄さんと一緒に寝たから無いんですよ♡」


 そう言われた時に、俺は気がついた。


 ……仕組まれた、と。


 そうだ。彼女は全てを読んでいたのだ。

 弥月みつきが俺の家にやってきたその瞬間からずっと。


 だからわざと、時間をずらしてやってきた。

 その時に、もっともこの状況に禍根かこんを残せる服を選ぶために……っ!!


 彼女は全てを仕組み、俺をのだッ!


 俺はふらり、と立ち上がると……冷蔵庫に向かった。


「ハルさん?」

「ハル?」


 そこには、かつて弥月みつきが買ってきてくれたカフェオレが眠っている。俺にはカフェインがきつすぎて飲まないようにしていたそれを、手にとった。


「ハル先輩?」

「お兄さん?」


 俺は無言でカフェオレを手に取ると、一気に飲み干した。


 記憶なんて、クソくらえだッ!!!!!!!



 Advance to NEXT!!!











 ――――――――――――――――――

 これにて1章終了です!

『面白かった!』『2章早く!』

 と思っていただけたなら、『☆☆☆』を『★★★』にしていただけたら幸いです!


 2章ですが、現在は1月後半から2月あたりを目処に更新しようと思っています。

 よろしくお願いします!!!

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