第2章

第2-1話 記憶の不在証明

 前回までのあらすじ


 コーヒーを飲んで酔っ払う体質のハルは酔っ払ったせいであちこちにナンパ(大嘘)をしかけ、気がついたら彼女が3人できていた! そこに義妹も加わった修羅場から逃げるために再びコーヒーを一気飲みすることにした。



 ―――――――


 つい最近、俺は酔っ払って記憶を無くす人間がどれくらいいるのだろうと思って調べたことがあった。具体的な割合は出て来なかったが、調べたらどうにも記憶を失う人間と失わない人間がいるのだという。


 さらには、体調によって記憶を失ったり失わなかったりするという記事まででてきた。


 人の体調というのはグラデーションのようなもので、酔っ払ったからと言って簡単に記憶を飛ばせるようなものではないのだと書いてあったのだ。


 つまり、何が言いたいのかと言うと、


「ハル大丈夫!?」

「ハルさん! 何やってるんですか!」

「お兄さん、しっかりしてください!」

「ハル先輩!」


 俺は、記憶を失わなかったのである。

 とりあえず目を瞑って床に伏せているが、ここからの対処法が分からない。


 いや、これどうすりゃ良いの?


「な、なんでハルさんは急にコーヒーを飲んだんでしょう」

「あんたがハルの迷惑になるようなことを言ったからじゃないの?」

「い、言ってないですよ! なんで私がハルさんの迷惑になるようなことを言うんですか」

「無理やり迫って婚姻届を書かせたのは迷惑じゃなかっていうの?」

「違いますー! ハルさんは私と結ばれるのが分かってるから書いてくれたんですー!」


 しかも倒れた振りをしてやり過ごそうと思ったのに芽依めいとルナちゃんが喧嘩を始めるし。この子たち、少しは仲良く出来ないの?


 しかし、倒れたままなんとかこの状況が解決しないかと神に祈っている俺にはこの状況を収める術を一つとして持っていない。というか、起きていたってこの状況を収める手口を持ってないんだからどうしようもないのだ。最後の手段は神頼みである。まぁ、ウチは仏教なんだけどな。


「ちょ、ちょっと! 何やってるんですか! 結菜さん! なんでハル先輩の口に口を近づけようとしているんですか!?」

「何って、お兄さんが倒れちゃったから人工呼吸」

「冷静になってくださいよ! ハル先輩は息してます!」

「私は息をしてても人工呼吸してもいいと思う」

「あなたは良いかも知れませんが私は駄目だと思います!」


 あっちで喧嘩してると思ったら、結菜ちゃんと弥月みつきが喧嘩を始めた。


 おい、なんだよこれ。

 誰か収集つけてくれよ。

 

 女三人寄ればかしましいと言ったのは誰だっただろうか。


 そもそもこの家には四人もいるんだからそれどころじゃないのだが。

 目を瞑ったまま現実逃避気味にそんなことを考えていた俺だったが、ふと良い案を思いついて、ぽんと心の中で手を打った。よし、これならなんとか上手く行くぞ。


 そんなことを思いながら俺はゆっくりと目を開いた。


「あ、ハル先輩! 起きたんですね! 大丈夫ですか!?」

「お兄さん。なんで急にコーヒーなんか飲んだんですか? カフェインが苦手じゃないんですか!」


 そんな彼女たちを見ながら、俺は絶対に気取られないように声と目を震わせながら、


「あの……。あなた達は誰、ですか?」


 その瞬間、世界が凍った。

 

 彼女たちの顔が信じられないという表情に染まる。

 少し心は痛むが、方法はこれしかない。


 これしかないのだッ!


「なんで、俺の家にいるんですか?」


 名付けて記憶喪失大作戦……だッ!


 とにもかくにも後先考えず現状をどうにかすることだけを考えていた俺がたどり着いたなんとも俺らしい作戦だが、シンプルが故に効果は絶大……ッ!


 つまり、ここはコーヒーのせいで記憶喪失になった体にして乗り切り後日、適当な所で記憶を取り戻したということにするッ! これで大丈夫! なんとかこの場は乗り切れるッ!


「は、ハル……? なんでそんなことを言うの?」

「そ、そうですよ、ハルさん。じょ、冗談ですよね……?」


 しかし、俺はそんな彼女たちの言葉にはもう心を揺らさない。

 確かに俺を巻き込んだのは彼女たちだったが、こっちだってもうなりふり構っていられないんだ……ッ!


「いや、ごめん。本当に誰か分からないんだ……。なんで君たちはここに?」


 上手く演技できているかどうか分からない。

 カフェインのせいで頭はガンガン鳴ってるし、思考はぐちゃぐちゃになってるし、身体

 がふらつく。


 だが、それが何だというのだ!


 ここでしっかり決めておかないと、後々困るのは俺!

 どうせ記憶喪失になった振りをしてもしなくても困るんだから、少しは困らない方を取ったほうが得じゃないか!


「は、ハルさんが……。記憶喪失になっちゃいました!」

「で、でも! ハル先輩ってカフェインに酔うだけですよね? それで記憶喪失になることなんてなるんですか?」

「さ、さっき倒れた時に頭をぶつけたんじゃ……」

「そ、それはあるかも。昔、酔っ払ってから転けて死んじゃった人の話を聞いたことあるわ」


 四者四様、好き勝手な解釈で俺が記憶喪失になったことを認めてくれた。

 やっぱり何でもやってみるものである。


「ご、ごめんなさい。俺の知り合いだったのかな? でも、悪いけど……今は一人にして欲しいんだ」


 俺が本当に申し訳なさそうにそう言うと、彼女たちは顔を見合わせると……困った顔を浮かべた。


「き、記憶喪失は一時的なものって聞いたことがあります! まずはハル先輩を病院に連れて行きましょう!」

「でも私、ハルの保険証の場所知らないわよ」


 知ってたら怖ぇわ。


 しかし、そのおかげで病院に連れて行かれずにすみそうだ……と、勝手に心の中で安堵していると、


「大丈夫です! 私はお小遣いをたくさん貰ってますから……! 保険証がなくても治療費は払えます!」


 と、ルナちゃんが言って、


「と、とりあえずお義父さんに伝えておかないと! 保険証はお義父さんに教えて貰えばいいですから!」


 さらに結菜ちゃんが重ねる。


「だったら私が明日学校の先生に伝えておきます。一応、部活に顧問の先生がいるので……」


 と、弥月みつきが言うと、


「じゃあ、私が明日学校を休んで連れて行くわ。ママなら車も出してくれると思うし」


 最後に止めを指すように芽依めいが言った。


 おい、どうすんだよ。これ。

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