第4話 二度あることは三度ある

 昼休みが終わるギリギリになって教室に戻ると、恭介きょうすけに呼び止められた。


「ハル、どこに言ってたんだ? 如月さんが呼びに来てたぞ?」

芽依めいが? なんで?」


 恭介から思わぬことを言われて困惑する俺。


「知らん。ハルを呼びに来て、しばらく外で待ってたけど全然戻ってこないから怒り心頭で戻っていったぞ」

「……マジかよ」


 気づかない間に、怒らせちゃったのか……。

 でも、なんで俺の教室に来たんだろ。


「最初はびっくりするくらい機嫌が良くてさ。ほら、如月さんっていっつも不機嫌そうじゃん?」

「まぁな」


 芽依めいはいつもイライラしている……気がする。


 それでもモテるんだから、美人というのは強い。


「けど、自分の教室に帰る時はいつもの3倍不機嫌だったぞ」

「話盛ってる?」

「こんなんで盛るかよ」

「普段の状態より3倍不機嫌って……いつものあれの更に下があるってことかよ……」


 人の感情って怖ぇ……。


「なんかお前と……約束? か、なんかしてるって話してたぞ。約束をすっぽかすのはまずいだろ」

「そんな約束してねえよ」


 これは本当だ。

 今日の昼に会うという約束はしてない。


 いや、待てよ?

 もしかしたら『昨日』の内にそんな約束をしていたのか……?


 ふとその事実に思い当たった時、俺は背筋に冷たいものが走った。


 か、可能性があるぞ……。

 昨日の俺はコーヒーを飲んでから記憶が無いんだ……。


 もし、昨日の俺がコーヒーに酔っ払ったまま、芽依めいと適当な約束をしていたら……?


 その可能性が捨てきれないと思った俺は考えるのをやめた。

 いや、これ以上考えたくなかった。嫌な時は現実逃避に限るのだ。


 放課後になるのが嫌すぎると思いながら午後の授業を受けていたが、人の体感時間というのは適当なものでいつもはあんなに長い授業も、放課後が近づいてくるに連れて加速度的に進んでいった。


 そして授業が終わって放課後になるなり、とんでもない速さで芽依めいが俺の教室にやってきた。


「……なんで、昼休みに教室にいなかったの?」


 びっくりするくらいに冷たい声。

 このまま近くにバナナを置いたら釘が打てそうになるほどに冷たい声だ。


 マジで怒ってる……。


「こ、後輩に呼び出されちゃってさ……」


 しかし、コーヒーの件で記憶を無くしている俺にはこれ以上、嘘を重ねて不誠実なことはできない。なるべく本当のことを言うようにしようと、俺は昼休憩に起きたことを伝えた。


「後輩? なんの?」

「部活……」

「そういえば、ハルは部活入ってたわね。なんの部活?」

「文芸部だけど……」

「ふうん。女?」

「え、何が?」

「後輩よ」


 何そのストレートな問いかけ。

 女? って、なんだよ。

 そんな聞き方ある??


「あ、ああ……。女の子だけど」

「仲いいの?」

「……悪くは、無いと思ってるけど」

「ふうん」


 芽依めいは感情の乗らない相槌をうつと、俺の顔を見た。


「ま、それならしょうがないけど。今日は何時に部活終わるの?」

「部活は休みだ」

「じゃあ、一緒に帰るわよ」


 あ、なるほど。

 俺に拒否権はない感じで……。


「早く準備して」


 急かされるままに、俺はかばんを持って芽依めいと一緒に下校することにした。そんな俺たちのやり取りを、クラス中が見つめているとも知らずに……。


「そういえば、ハルの誕生日プレゼントを買わないと行けないわね」


 校門を通るあたりで、芽依めいがそういった。


「別に良いよ。そんな気を使わなくても」

「ダメよ。こういう積み重ねが大事なの。こういうのを忘れたら、すぐに冷めちゃうから……」


 なるほど……?


 芽依めいは顔をわずかに赤くしながら、そう語る。

 恋愛なんて微塵も分からない俺は頷くことしかできない。


「何か欲しいもの、ある?」

「欲しいものか……」


 特に無いんだよなぁ。

 お菓子とかで別にいいんだけど……。


「無いなら私に良い案があるわよ」

「何?」

「ペアリング」

「……ん?」


 不穏な単語が飛んできたな?


「何それ?」

「知らないの? お揃いのリングよ。カップルで付けるの」

「……うちの学校、そういうアクセサリーとか禁止じゃん?」

「も、もしかして……ハルは学校に付けていくつもりなの?」


 それだけ聞いたら呆れているかのようにも思える芽依めいの言葉。

 だが、俺がふと視線を落として彼女の顔を見ると……そこには、感激の表情が浮かんでいた。


 何でだよ。


「は、ハルが積極的なのは嬉しいけど……。学校でアピールするにはまだ早いっていうか……。わ、私にも心の準備があるし……」


 そういってモジモジし始める芽依めい

 

 俺は最初、なんで芽依めいがそんな反応したのか分からなかったが……ふとある仮説にたどり着いた。


 もしかして、芽依めいの中では『学校でアクセサリーが禁止』→『俺がもらったペアリングを学校につけていく』→『俺と芽依めいの関係をアピール』とかになってるってことなのかもしれない。


 いや、流石に考えが飛躍しすぎ??


「で、でもハルがそんなに積極的なら、私も頑張る……!」


 そして、芽依めいにスイッチが入った。


「と、友達にそういうお店聞いておくから……楽しみに待ってて」

「あ、ああ……」


 そうして、俺は芽依めいに言われるがままに頷いてしまった。

 

 だけど、俺にはちゃんと芽依めいに言っておかないと行けないことがある。

 怒られるだろうが、それでもちゃんと誤解を解かないと行けない。


 コーヒーのせいで、昨日の記憶が無いということを。

 そして、昨日の『約束』は覚えていないからなかったことにしてくれと。


 そうやって、真実を伝えたい。


 ちゃんと話したら芽依めいには、呆れられるだろう。

 もしかしたら、二度と口を聞いてくれなくなるかもしれない。


 それでも、ちゃんと言わないと。

 そう、思って俺が言おうとした瞬間に、彼女は俺がぎりぎり聞こえるか聞こえないかの声量で呟いた。


「こんな私を、受け入れてくれて……ありがとね、ハル」


 それを聞いて、俺は何も言えなくなった。

 今、俺はそれを言うべきではないのかもしれないと……思ってしまった。


 俺はしばらく黙り込んで……そして、全く別の話題を芽依めいに振った。


 逃げだと思われるだろう。

 臆病だと思われるだろう。


 事実その通りで、俺は……芽依めいに真実を打ち明ける決定的なタイミングを逃してしまったのだ。


 この代償が高くつくということを……まだ、この時の俺は知らなかった。


 だが、これからの俺の状況を示すこれ以上無い言葉がある。

 

 ――『二度あることは三度ある』、だ。



 芽依めいを家まで送ってから、自分の家に向かっている途中で喉が乾いたので自販機で飲み物でも買って帰ろうかと思い近くにある自販機に向かうと、金髪の少女が先客として自販機で飲み物を買っていた。


 外国人の人なんて珍しいな……なんてこと思いながら、ぼんやりと後ろ姿を眺めていると自販機の口から炭酸飲料を取り出した少女と目があった。


 綺麗な目だな、と思っている間に少女の目がどんどん大きくなっていく。


「み、見つけました!」

「……はい?」

 

 それは、とても流暢な日本語で。

 

「ハルさん、ですよね!?」

「そうですけど……」

「私です! ルナです! ルナ・リリアーヌです!」


 ……誰?


「やっぱり私たちは運命で結ばれてるんですね!!」


 そう言って、彼女は炭酸飲料を手放して……俺の手を優しく握った。

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