最終話 それは戻ることはなく

 時は進んでいく。前に、前に、前に。

 決して戻ることはなく、前に。


 時を重ねているうちに、やがて切れていく縁というものがある。

 進級、進学、そして引っ越しなどで、残る縁は残り、残らない縁はスマホの履歴に残されていく。


「……まぁ、でもこうなるんだな」

「どうしたんですか? ハル先輩」


 俺はしている部屋の中で、そう呟いた。


「いや、弥月みつきが俺の大学を志望してるって聞いたときからこうなる予感はしてたんだが……」


 高2の秋という難関大学を選ぶ人間からは考えられないほどに遅い時期に志望校を決めた俺は、結果として第一志望には受かることができなかった。だが、国立ではなく滑り止めで受けた私立の方に合格しており、俺はそちらに通っているのだ。


 そして、今年の春に無事、弥月みつきも試験を突破して俺の後輩になった。

 大学生になった弥月みつきは、自分も一人暮らしをしていることを良いことによく俺の家に遊びに来る。


「こうなるっていうのは、私がハル先輩の後輩になったってことですか? それとも」


 弥月みつきがそこまで言ったタイミングで、家のチャイムが鳴った。


「ちょっと出てくるよ」


 俺がそう言って扉を開けると、結菜ちゃんが立っていた。


「やっほー! お兄さん、誕生日おめでとー!」

「ありがと」


 今日は俺の20歳の誕生日なのだ。

 つまり、高2のときにコーヒーを飲んでとんでもない事件を引き起こしてしまってから、もう3年も経つのである。時の流れは早いもので、今ではそれも昔のことに思えてしまう。


芽依めいさんと、ルナさんは?」

「まだ来てないよ。そろそろ来るんじゃないかな」


 俺がそういうと、扉の入り口のところで何やら言いあいが聞こえてきた。


「ちょっと、なんでアンタとタイミングが一緒なのよ」

芽依めいさんこそ、一番最後に登場してハルさんの気を引こうと考えてましたよね」

「はぁ? なんでそんなこと考えないと行けないのよ。毎日同じ講義を受けてるのに」

「毎日同じだと友達フォルダに入ってしまって大変ですよね」


 うわ、また喧嘩してる……。


 しかし、それもまた見慣れた光景で、俺はそれに触れることなく笑顔で彼女たちを受け入れた。


「二人とも、一緒だったんだな」


 俺がそういうと、彼女は


「あ、ハル! 誕生日おめでとう。これ、誕生日プレゼント」


 プレゼントボックスを差し出してきた。


「ありがと。開けても良い?」

「良いわよ」


 俺は芽依めいから貰ったプレゼントボックスを開くと、そこにはシルバーとピンクゴールドのペアリングが入っていて、


「それ、ハルと私のペアリング」

「誕生日プレゼントになんてもの渡してるんですか? 芽依めいさん」

「ハルがアクセサリーが欲しいって言ってたからよ」


 また入り口で喧嘩を始めようとしていたので、俺は2人の言いあいをすぐに打ち切った。


「少し散らかってるけど、上がっていきなよ」

「そうね、お邪魔するわ」


 彼女たちは喧嘩をやめて部屋にあがると、中にいる弥月みつきと結菜ちゃんには挨拶もせずに、空いているところに座った。空気悪いなぁ。


「お兄さん、これ」


 そんな空気が悪い中で、真っ先に動いたのは義妹だった。


「ん? ハンカチ?」

「そう。誕生日プレゼント。学生のお小遣いだったらあんまり良いのは買えなかったから」


 結菜ちゃんはそういうと、俺にハンカチが入った箱を渡してきた。

 中に入っているのは紺色のハンカチ。男物で、使い所には困らないな、と思った。


 俺は結菜ちゃんに感謝を告げて、俺は膝の上にボックスを置いた。

 その横では弥月みつきが誰にもばれないように、そっと微笑んでいるのを俺は見逃さなかった。


 なんと彼女は1日早く誕生日プレゼントをくれていたのだ。

 それが、俺の今着ているシャツで、ずっと欲しいと思ってWebサイトで見ていただけだったのだが、それを後ろから覗き見ていた弥月みつきが誕生日だからと買ってくれたのだ。


 俺は嬉しくて飛び上がってしまって、彼女には何度も感謝を告げた。


「ハルさんが20歳になられたということで、私はこれをプレゼントです」

「……ボトル?」

「ワインですよ。パパのやっているワイナリーで作っているワインです」

「……はぇ」


 パパがやってるワイナリーってなんだよ。

 ルナちゃんのパパがやってるのは貿易業じゃなかったのかよ。

 どうなってんだ。


 しかし、そんな良いものを貰っても良いんだろうか?

 なんてことを思っていると、

 

「もう、ハル先輩は真面目なんだから全然お酒を飲まないんですよね」

「そうよ。ハルくらいよ? 大学生にもなって20歳になるまでお酒を飲まないなんて言ってるの」

「いや、普通そうじゃないの……」


 事あるごとに俺の部屋にやってきて、酒を飲んで酔いつぶれている2人がそんな好き勝手なことを言っているのを聞き流す。こいつらは何でもかんでも理由を付けて俺に飲ませようとしてくるので、俺はそれを流すので精一杯なのだ。


 しかも酔っ払ってるときに何で飲むのかと聞いたら2人して「そうしたら泊めてくれるから」なんてことを言うので、俺は返しに困って彼女たちの好きにさせているのだ。


「よし! せっかく20歳になったんだからワイン飲んでみるか」

「えぇ? 先輩。初っ端からワインですか? 攻めますね」

「ハル大丈夫? あんまり最初にワインを飲むのは……」

「まぁでも、せっかく誕生日だしさ。ルナちゃんが持ってきてくれたんだし」


 俺はそう言いながら、ワイングラスを取りにキッチンに向かった。

 当然これは俺のものではなく、芽依めい弥月みつきが買ってきて俺の部屋に勝手に置いているものである。

 

 しかも、こいつら自分用と俺用を何故かそれぞれ買ってきているので、1人暮らしをしている俺の部屋には弥月みつき用、弥月みつきが買ってきた俺用、芽依めい用、芽依めいが買ってきた俺用の4つがあるのである。どうなってんだ。


「あれ? でも、ハルさんがお酒飲まないならコルク抜きが無いですよね?」

「いや、ある。俺は酒を飲まないんだが、何故か俺の家にはコルク抜きがあるんだ」


 もちろん買ってきたのは未成年飲酒バリバリの2人である。

 俺の家が散らかっているのはこのように勝手に私物を持ち込まれて、勝手に私有地化されているからである。俺は断固として私有地の占拠に反対していく所存である。


 俺がコルク抜きを持ってくると、ルナちゃんは慣れた手付きでコルクを抜くと4人のワイングラスに綺麗に注いだ。結菜ちゃんはまだ高校生なので、ジュースになった。いや、まぁ、弥月みつきもまだ未成年なんだけどな。


「では、私が乾杯を」


 ルナちゃんはそういうと、ワイングラスを静かに掲げた。


「ハルさん誕生日おめでとうございます!」

「「おめでとう!」」


 彼女たちに祝福されるようにワイングラスを軽くぶつけて乾杯すると、中に入っている琥珀色のワインを一気に飲み干した。


 そして、不思議なことに。

 これが、とてもとても不思議なことに。


 そこからの記憶がない。

 全くもって、無いのであるッ!!!!




 The End !!!

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彼女が欲しいと思ってたら婚約者が3人できてました! ……作った記憶ないけど シクラメン @cyclamen048

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