第2-14話 わずかなる前進
「お兄さーん。なんかまた荷物届きましたよ」
夕方、リビングで俺が大学のパンフレットを開いていると、宅配便を受け取ってくれた結菜ちゃんがそう言って戻ってきた。
「ん? ああ、そこ置いといて」
「これまた大きい封筒ですね。何を頼んだんですか?」
「大学の
「えぇ? またですか?」
「うん、まぁね。やっぱり何も分かんないのに、自分の進路は決めれなくてさ」
「そういえば進路表……? でしたっけ、あれ昨日が提出日って言ってませんでした?」
「進路希望届? うん。そうだよ。昨日まで。あれは適当に書いて出したよ」
「お、お兄さんが柔軟な対応ができるようになってる……」
いや、俺は元々柔軟性の塊だぞ?
修羅場をとっさに抜け出すために記憶喪失の振りをするくらいには発想が柔らかいという自信がある。
「それで、結菜ちゃんは勉強しなくていいの?」
「きょ、今日の分はもう終わったもん!」
「そっか」
今年受験生の彼女は白女に行くために勉強中だ。
不登校の時期の遅れがあるため大変みたいだが、それでも模試の判定は良いらしい。
「……うーん」
「どうしたの?」
「いや……。俺の行きたい大学だと、どうしてもレベルが高くてさ」
もちろん、パンフレットだけではなくネットや進路指導の先生にもいくつか聞いて回ったが、やはり大学のレベルは高ければ高いほど良いらしい。当たり前だが、当たり前すぎるが故に俺は困ってしまう。
というのも、今の俺の成績は盛りに盛って中の中。
つまり、盛らなかったら下である。困った。
そんな俺が1年勉強しただけで、高ランクの大学に通えるようになるとは思わない。だとしても、地元の大学ではどうしても進路に不安が残る。
「でも、お義父さん凄いですよね」
「ん? 何が?」
「だって、私が白女に行って、お兄さんが私立の大学に行っても学費は心配するなって言ってるんですよ? 凄いお金持ちじゃないですか」
「いや、どうだろうな……」
やせ我慢している可能性もあるからなんとも言えずに俺はお茶を濁した。
「そういえば、お義父さんに進路の相談はしたんです?」
「したよ。ちゃんと」
「なんて言ってました?」
「好きなようにやれば良いって」
「言いそう」
「好きにやれば一番困るんだよなぁ」
「困るって……。お兄さんの進路じゃないですか。お兄さんが決めないでどうするんですか」
「そりゃそうなんだけどさ」
俺は見ていたパンフレットを閉じると、先ほど届いたばかりの封筒に手を付ける。まずは情報収拾だ。
大学進学組は、こういうのを1年生のときに済ませているのだということを俺は
「今のところ、行きたい大学はどこなんですか?」
「…………」
結菜ちゃんにそう聞かれた俺は、言葉に出すのも恥ずかしく先ほどまで見ていたパンフレットの大学を指差す。
「うわ……っ! すごい難しいところじゃないですか。私でも聞いたことありますよ!」
私でも、のレベルが全く分からないが難関であることには間違いない。
そして、俺の学力じゃとてもじゃないけど追いつけないということを。
「……使いたくなかったけど、切り札を切るしかないかぁ」
「切り札? なんですそれ」
「人頼みだよ」
「?」
結菜ちゃんが不思議な顔をするのも無理はないなぁ、と思いながら俺はパンフレットを見るのを止めて、キッチンに立った。彼女が家に来てからというもの、どうにもコンビニ弁当だけで済ませるわけにも行かず、かと言って
ということで、今日の当番は俺。
レパートリーなんてないので、チャーハンだ。
美味いチャーハンを作るにはコツがいつのだ。コツが。
なんて、日常生活と自分の将来という漠然とした不安の間に挟まっている俺は翌日、
「……なぁ、
俺が話しかけると、頭2つ分は小さい身長の彼女は不思議そうに目線を上げてきた。
「急にどうしたの? 改まって」
「勉強を教えて欲しいんだ」
「勉強? 別に良いけど」
しかし顔にはどこか不機嫌さが残っていて。
「いや、嫌なら良いんだ……」
「嫌じゃないんだけど。ただ、急に勉強を教えてなんて言われても困るっていうか……。期末対策?」
「いや、受験」
「……受験? ハル、大学に進学するの?」
「ああ。そのつもりだ」
「…………」
「ええ、良いわよ。ハルがどのレベルの大学を目指すのかは知らないけど、どうせ基礎ができてないんだし。そのくらいはお安いご用だわ」
「本当!? 助かるよ、
「でも、大学に行くなら塾には行ったほうが良いとは思うわよ。私の教えられる範囲にも限界があるし」
「あ、ああ。そうだな。そうしたほうが良いよな」
俺がそう言ってうなずくと、
「んー。でも、タダで教えるのもなんか嫌ね」
「か、金取るのか?」
「なんで私がハルからお金をもらうのよ」
「いや、だってタダは嫌って言うから」
「そうね。なら、こうしましょう」
彼女はそう言うと、俺の腕を取って自分の腕と絡ませた。
「いや……。なんで?」
「毎日こうやって登校するならハルに勉強を教えてあげるわ」
その瞬間、俺の頭の中には学校で噂されるんだろうなぁ、という意識と、
「…………お願いするよ」
渋々、その承諾を飲んだのだった。
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