第2-13話 永劫の果て

弥月みつきってさ」

「はい。どうしたんですか?」

「将来の夢ってある?」

「将来の夢ですか? ハル先輩の奥さんです」

「いや、そういうのじゃなくて……」


 なんちゃって部活動中にふと俺が弥月みつきがそう尋ねると、彼女は少しだけにんまりと笑うと、まるでいたずらをした子供のような表情でそう答えた。


「分かってますよ。将来の夢ですよね。私は編集者になりたいです」

「編集者?」

「はい。小説の編集者です」


 弥月みつきはそう言うと、読んでいた本を閉じた。


「なんでまたそんなものに」

「私がいじめられたときに、私を助けてくれたのはハルさんと本だけでした。だから、将来はハルさんと本に関わる仕事に就きたかったんです」

「俺に関わる仕事って……」

「永久就職です」

「え……。何? 終身雇用のこと?」

「何言ってるんですか。永久就職って言ったら結婚のことですよ」

「へー……」


 初めて知った。

 最近の女の子は結婚のことを永久就職って言うのかな……?


「私が本で助かったように、きっと同じように本を読んで救われる人はいるんです。私は、そういう仕事に就きたい」

「……作家じゃないのか?」

「やだなぁ、ハル先輩。私に作家の才能なんて無いですよ」

「そうなの? 書いてみたの?」

「いや、書いてはないですけど……。でも、分かるんです。そういうのは」

「なるほど……?」


 そんなことあるかな?

 サッカーやってもないのにサッカーの才能がない……みたいなことを言うものだけど。


「ハル先輩は、何か夢があるんですか? って、あっても忘れちゃってますよね」

「……それなんだよなぁ」


 俺は進路希望届をクリアファイルから取り出して自分の前に置くと、大きくため息をついた。


「記憶がある時の俺はなんか言ってなかったか?」


 当然、言っているわけもないが、弥月みつきなら何かいいアドバイスをくれるのではないか。そう思って彼女に尋ねると、


「ん〜。ハル先輩なら、私のヒモになるって言ってましたよ」


 言ってねぇよ。


「だって、ほら。私、インフルエンサーじゃないですか」

「イン……。ああ、そういえばそんなのもあったな……」

「そんなのってなんですか! れっきとした仕事ですよ!」

「でもそれってモデルみたいなもんで、一生食べていけるわけじゃないだろ?」

「や、やけに現実的なこと言いますね。でも、大丈夫です。今はネットに専門家がいますからその人たちに資産形成を手伝ってもらってますもん」

「…………」


 それ本当に大丈夫か……?


「だから、ハル先輩は私のヒモになるって言ってました」

「多分だけど言ってないと思うぞ」

「ふふ。冗談です」


 冗談です、と言いながらちょっとだけ残念そうな顔をするのは何故なんですか、弥月みつきさん。それ絶対に俺が聞かなかったらヒモで通すつもりだったよね?


「それに、学校に提出する書類にヒモって書くわけにも行かないだろうしな」

「んー……」

 

 弥月みつきは自分の唇に指を当てて少しだけ考え込むと、


「だったら、適当に進学って書いておけば良いんじゃないですか?」

「いや、進学なら進学で良いんだけどさ。一応希望する大学と学部まで書かなきゃいけないんだよ。でもどの大学に何があんのかも分かんなくてさ」

「うわぁ、めんどくさいですね」

弥月みつきも来年になったらやるんだぞ?」

「私はもう第一志望の大学は決まってますよ? それに、編集者になるんだったら学部は文学部です」

「あ、そうなんだ……」


 くそぉ、1年生のときから進路を決めやがって……。羨ましい……。


「大学かぁ……」

「就職しますか? ヒモに」

「ヒモは就職って言わんだろ……」

「何言ってるんですか。株式会社ミツキカンパニーですよ」

「なんだその小学生が考えたような会社の名前は」

「いま私が10秒で考えました」

「安直な……」


 しかし、そんな雑談をしていても自らの進路が決まるわけでもない。

 それに、この間ルナちゃんの家に泊まったときから、進路についての悩みは自分の中に巣食ってしまって切っても切れないものになってしまっていた。


 ……俺は何がしたいんだろう。


 その答えを知っているのは当然、俺だけなのだが……しかし、何も分からないからこそ頭を抱えて天をあおいでしまう。



「進路、か」

「それなら、ハル先輩の原体験から考えたらどうですか?」

「原体験?」

「そうですそうです。私が苦しかったときに助けてもらったものに恩返しをするように、ハル先輩が小さいときに困ったこととか苦労したことから探すんです。あ、でも、小さいときって今になるんですかね?」

「俺が小さいときに、か……」


 俺はそう言って昔を思い出したが、思い当たる節など一つしかない。


「母親が死んだことかなぁ」

「……ごめんなさい」

「いや、良いよ。もう、振り切れたことだし」


 でも、そう言われると……少しだけ思うこともあるのだ。


「ああ、なるほどな。そういう選び方もあるのか」

「どうかしたんですか?」


 俺の過去。

 俺のトラウマ。


 そんなものは1つしかなくて、


「……福祉とか、どうかな」

「公務員ってことですか? 今は倍率が高そうですけど……良いと思います! それが、ハル先輩のやりたいことなら!」


 俺が子供のときに、母親を亡くして辛かった。

 俺には父親がいたから良かったけど、でも、きっとそうじゃない子どもたちもいるはずで、


「そうだな。そうしよう」

「高卒で公務員になるんですか? 大卒で公務員になるんですか?」

「まぁ、そこら辺は帰って調べてみるよ。大変そうだ」

「でも、ハル先輩のやりたいことが決まるなら……。きっと、それが正解なんです」

「ありがとな、弥月みつき

「いえいえ。先輩の役にたてたなら光栄です」


 弥月みつきはそういって微笑むと、


「あ、そういえばハル先輩。1つ聞いてもいいですか?」

「ん?」

「ハル先輩が記憶喪失って、本当ですか?」

「んんんっ!!!???」


 俺は心臓を鷲掴みにされたような気がして、思わずテンパったがなんとか誤魔化した。誤魔化しきれたかどうかは、分からなかった。

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