第27話 好きな人の好きなところ

 弥月みつきの視線とルナちゃんの視線が交わる。ルナちゃんは弥月みつきの圧に狼狽うろたえながら……それでも、自分の考えをはっきりと口にしていた。


「べ、別に……いけないことは、無いと思います。でも、それで結婚を迫るのは……ちょっと違うんじゃないかなって、思ったんです」


 ルナちゃんの言葉に弥月みつきが迷う。


「せ、迫ったわけじゃないです。た、ただ……ハル先輩以外の男の人と付き合うのが嫌だっただけで……」


 弥月みつきがそう言うと、ルナちゃんはうなずいた。


「その気持ちは分かります。でも、だからと言って……それを自身の恋心と結びつけるのは良くないと思います」

「何でですか」

「私のほうが、ハルさんことが好きだからです」


 真顔でそういう。

 そこのラインは絶対に譲らないらしい。


 あの泣き虫だったルナちゃんが怯むことなく自分の意見を伝えてる……っ!


 せ、成長したんだ! あのルナちゃんが……ッ!

 でも、ルナちゃんの成長をこんな形で目にはしたくなかった……ッ!!


「じゃあ、お互いにハル先輩の好きなところを言っていきましょう。それで先に言いきった方の負けです」

「それ私も参加するわ」


 飛び火を恐れたのか、それとも前に俺が言った『喧嘩する方が』という意見を聞いていたのか、黙り込んでいた芽依めいがここぞとばかりに手をあげた。


「それに何の意味が……?」


 という俺の疑問に、弥月みつきが笑顔で返した。


「誰が一番ハル先輩のことをちゃんと見てるのかってことが、これで分かるじゃないですか。もし、ファッションで好きって言ってたら、これで簡単にボロが出ますよ」


 ファッションで好きってなんだよ。


 俺は初めて聞いた日本語に困惑していると、3人が俺を置いてじゃんけんを始めていた。


「あ! 私の勝ちですね。じゃあ、私から行きます。まず、ハルさんの良いところは顔です」

「顔?」


 一番可能性の薄いところをルナちゃんが開幕つついてきて、俺は本当ガチ本当マジに困惑した。なんでそこで俺の顔なんだよ。


「はい。私、ハルさんの顔がタイプのタイプなんです」


 そうルナちゃんからまっすぐ言われて照れる俺。

 そんな俺を他所よそに、芽依めい弥月みつきが半笑いを浮かべていた。


「顔って……。ルナさん、男の人を顔で判断してるんですか?」

「そうよ。ハルの顔が良いところって……。あんた、本当にハルのことが好きなの?」


 なんか2人の言い方が引っかかるなぁ?


 でも、まぁ……俺の顔がイケメンだとお世辞にも言えないのは俺が一番知っていることである。泣いていいですか。


「次は私ですね。ハル先輩の好きなところは、面倒見の良いところです!」

「そんな俺の面倒見って良いか?」

「はい! ハル先輩は私が困ってたら何でも助けてくれるんですよ? それも、私が言葉にしなくても」


 あんまり思い当たる節がないので、俺は首を傾げたまま昔を思い返す。

 でも、特に思い当たることがない。


 そんな俺を置いて、ルナちゃんと芽依めいがため息をついていた。


「本当にハルさんのことが好きなんですか? そんな誰でも言えるようなことを……」

「そうね。ハルの良いところって100人に聞いたら100人がそう答えるわよ」


 俺はそんなにお節介な人間だと思われてるの?

 それは意外も意外なんだが……??


「そんなことより、次は芽依めい先輩の番ですよ」

「ハルの好きなところでしょ。簡単じゃない。泣いてたらいつも側にいてくれるところよ」

「あー。まぁ、それは」


 確かに。3人の中で、一番納得できる答えかもしれない。

 いつも側にいたかどうかはともかくとして、なるべく芽依めいが泣いてたら慰めるように頑張っていた記憶がある。


 それは納得できるぞ、と俺が腕を組んでいると弥月みつきとルナちゃんがドン引きしていた。


「……芽依めい先輩ってメンヘラなんですか?」

「重くならないように努力するってさっき言ったばかりじゃないですか……」


 芽依めいは2人の言葉を聞いて、『しまった』と言わんばかりに俺を見てきたので、俺は『分かるぞ』という顔を返しておいた。とりあえず、3人の答えの中では芽依めいの答えが一番理解できる。


「じゃあ、次は私ですね。ハルさんの良いところはまだまだありますよ!」


 ルナちゃんは拳を握って熱く語り始めたが俺はどうにもむず痒くなって、こっそりとその場を抜け出した。


「……すごいな」


 自分の部屋まで避難してきた俺は、ぽつりとそう漏らした。


 誰かのことを好きになるというのは、素晴らしいことだ。

 そして、あそこまで誰かのことを好きと言えるのも。


「……俺は、どうなんだろうな」


 俺は誰かのことを、あそこまで好きになったことがあるのだろうか。ふと、3人の熱気に当てられて、柄にもなくそんなことを考えた。


「俺って……誰かを好きになったこと、あんのかな」


 いわゆる、恋をしたことがあるのかというやつだ。

 3人から迫られた後だからこそ、余計にそう思ったのかも知れない。


 誰かに胸を張って、誰よりもその人のことが好きなのだと……そんなことが言えるほどに、誰かのことを好きになったことがあるのだろうか。


「恋かぁ……」


 誰かを好きになった経験を、思い返してみる。


 幼稚園の時に……そんなことを言っていたような記憶が無いこともないが、流石にカウントはしないだろう。この歳になって恋バナをするときに、『幼稚園のときにさ〜』なんて言い出すやつがいたら、俺だってドン引きする。


 ということは、小学生の時か中学生のときになるわけだが……どうだろう?


 俺は誰かに恋した記憶がない。

 確かに周りには芽依めいやルナちゃんのような可愛い子はいたが、可愛いからと言って好きになるかというのは、また違う話のような気がする。


 中学生の時はどうだっただろう?


 俺はベッドに横たわると、昔のことを思い返した。


 中学生の時は誰かを好きになるというよりも女の子と縁がなかった。そもそも、俺は女友達が多くない。せいぜい、ルナちゃんと芽依めいくらいだ。なので、ルナちゃんはおらず、芽依めいとも距離の空いていた中学生の時は、本当に女の子と縁がなかった。


 接点のある女の子と言えば、せいぜい弥月みつきくらいじゃないんだろうか。


 しかし、その弥月みつきのことを女の子とは思っていたが、恋をしたかと聞かれると……NOと言わざるを得ない。良くも悪くも、俺は彼女を後輩としか見ていなかった。


 となると、高校に入ってからということになるが……あいにくと、高校に入っても別に女の子と接点が増えたわけでもない。


 そもそも、学校と言えども女の子との接点なんてクラスか部活の2つくらいだ。だが、残念な(?)ことに、俺はあの稀代のクズと学校中で噂されている恭介きょうすけと友達になってしまったので、クラスの女の子から距離を置かれている節がある。


 しかも、部活は弥月みつきと2人きりだ。これじゃあ、女の子との接点なんて0に等しい。


 ……ん? 待てよ??


「もしかして俺って初恋まだなの…………?」


 俺はとんでもなく悲しい人生を歩んでいるのでは……?


 ふと冷静なって押し寄せてきた現実に、俺は震えてしまった。

 だが、そんな俺を置いて3人は白熱しているらしく、リビングからさんざん俺の名前が聞こえてくる。


 なんとも対象的な状況に、俺の脳までがストライキを起こし始めた。

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