第28話 リード

 初恋がまだなら、3人から寄せられる好きというのがちゃんと理解できないのも仕方の無いことなのかも知れない……なんて、そんな慰めじみたことを俺は考えて、俺はかぶりを振った。


「いや、これは言い訳か」


 別に初恋をしたことが無くたって誰かと付き合っている人間もいるだろう。付き合ってから好きになる人だっているくらいだし。


 そんなことを考えて、スマホを触っていると……控えめに部屋の扉がノックされた。


「はい?」

「あ、良かった。部屋にいたんですね」


 扉の向こう側から聞こえてきたのは、ルナちゃんの声だった。


「終わった? あれ」


 あれ、というのが何を指しているのか分からないわけじゃないだろう。

 俺の質問にルナちゃんは「ノン」と短く言った。


「いつまで経っても終わらないので、一旦休憩になりました」

「……そんなに?」


 人の良いところをあげろと言われてもせいぜい3つくらいしか浮かばない俺には、到底できない芸当である。よくそんなに人の好きなところをあげれるな。


 みんなそんなに俺のこと見てるの? 

 照れるんだけど。


 こんなに人の良いところを見ているのは彼女たちが女の子だからだろうか? いや、男女は関係ない気がするな。単純に性格の問題か。


「で、気がついたらハルさんがいなくなってたので、3人で探してたんです。……部屋の中に入っても良いですか?」

「ああ、うん。良いよ」


 そういうと、ルナちゃんは扉を開けて部屋の中に入ってきた。俺がいなくなったことに気が付かないほどに熱中していのか……あれ。


 ルナちゃんの顔は興奮冷めやらぬと言わんばかりに、真白な肌が紅潮しており……少し、呼吸も荒れていた。落ち着かない、というかなんというか。


「ハルさん。1つ、聞きたいことがあります」

「うん?」

「もし……もし、仮に、私が誰よりも先に……例えばハルさんの誕生日の1週間前に告白してたら……OKしてくれましたか?」

「そうだね」


 俺は彼女の言葉にうなずいた。


「でも、ハルさん。それは私以外の人が告白してても……ですよね」


 つまり、芽依めい弥月みつきが俺の誕生日の1週間前に告白していたら……という話だろう。


「…………ああ」


 俺は、正直に頷いた。

 それは、嘘をついても仕方のないことだから。


 俺に好意を寄せてくれる3人のうち、1人も俺が正気のときに告白していたら……きっと首を縦に振っていた。いつも通りなら、俺は彼女たちの告白を受け入れはしろ……断る理由など無いのだから。


「……実は私、1つ怒っていることがあるんです」

「3人から告白されたのを、黙ってたこと?」

「違います」


 ルナちゃんは俺の隣に腰掛ける。

 そして、和らげに微笑んだ。


「当ててみてください」

「……結婚するって約束を、忘れてたこと」

「違います。悲しかったですけど、そんなことじゃ怒りません」


 ルナちゃんはそういうと、そっと俺の耳元に口を寄せた。


「ハルさん、あの2人とキスをしました……よね?」

「……っ!」


 俺は心臓をぎゅっと握りしめられたような気がした。


 バレてる……?


「な、なんで……?」


 俺は思わずそう言った。いや、そう言わざるを得なかった。

 なんで知っているのか。どうして分かったのか。


 もしかして、口が滑ってあの2人が言ったんだろうか。


「……やっぱり」


 ルナちゃんは泣きそうな顔になりながら、そういった。

 その顔は小学生のときに俺がいつも見ていた……あの、顔だった。


「ハルさんは、私がキスしようとしたとき……止めたじゃないですか。でも、あの2人のキスは受け入れたんですよね」

「……ち、ちがっ!」

「何が違うんですか?」


 耳元でそう言われて、耳に吐息がかかりくすぐったさと温かさに背筋がぞくぞくとした。


「ちゃんと、私が納得するように……説明してください」


 両目に涙を浮かべて、ルナちゃんはそういった。


「……いきなり、だったんだ」

「……だから、抵抗できなかったってことですか?」


 俺は首を縦にふる。


「……あの時はまだ、誰にもこうなってるってことを言ってなかったから、一歩前に進むのが駄目だと思って、断ったんだ」

「だから、私のは止めたってことですか?」

「……ああ。だから、他の2人も同じように、断るつもりだった」

「でも、結局……したんですよね」


 ルナちゃんに言われてしまい……頷く。

 頷かざるを得ない。


「……ごめん」

「謝らないで……ください」


 ルナちゃんは半分泣いている声で、そう言った。


「謝ったって……変わらない、じゃないですか」

「…………」

「でも……2人とも、無理やり、だったんですよね?」

「無理やり……。ま、まぁ……」

「急に、キスされたんですよね?」


 ルナちゃんの言葉は、俺に確認するというよりもすがっているかのようなだった。だが、彼女の言葉は正しく俺は首肯した。


 無理やりという言葉が正しいかはともかく……弥月みつきのは、俺の意識の裏をついてきた。完全に油断したタイミングで、引き寄せられてキスをした。俺のファーストキスだ。


 芽依めいは俺が眠っているときにキスをした。いや、俺は今でもあれが夢だったのか現実だったのかの区別がついていない。でも……多分、あれは夢じゃない。


「だから、ハルさん。ハルさんから、キスをしてください」

「……え?」

「他の2人の上書きを、してください。……お願い、です」


 目をうるませながら、ルナちゃんがそう言うものだから……俺は何も彼女に言えない。元々、俺は彼女の涙に弱いのだ。泣いている彼女を見ると、何かをしてあげたくなる。それはきっと、俺と彼女の出会いがそこから始まったから。


「私を……選んでなんて、言えないですけど。でも、ハルさん。お願いです」

「……うん」


 もうここまで来たら、後は野となれ山となれだ……!


 俺は覚悟を決めると、そっとルナちゃんの唇に自分の唇を重ねた。


「ありがとう、ハルさん」

「……どういたしまして」


 変な返答だな、と自分でも思った。

 でも、これ以上に彼女への適切な答えを俺は持っていなかった。


「これで……1歩リードですね」

「リード?」

「だって、他の2人はハルさんに無理やりキスしたのに、私はハルさんからキスされたんですよ? リードじゃないですか。自慢しても良いですか?」

「そ、それは……」


 後はどうにでもなれと言った俺だったが、ルナちゃんの言葉で顔が真っ青になった。


「冗談です」


 けれど、ルナちゃんは俺の言葉にそう言って微笑んだ。


「私とハルさんの秘密です。でも、この思い出があれば……私、なんでも頑張れます」

「それは……良かった」

「ハルさん。もう一度だけ……良いですか?」

「え、もう――」


 1回? なんて、聞き返そうとしたが、俺の口は塞がれてしまって、何も言えなかった。何が俺の口を塞いだかなんて、今更言うまでもない。ルナちゃんの唇で塞がれたのだ。


「これで、おあいこですよ。ハルさん」

「な、なにそれ……」

「ハルさんから1回。私から1回です」


 ルナちゃんの目からは涙が消えて、純粋な微笑みだけが浮かんでいた。


「だから、おあいこです」

「な、なるほど……」


 そういうカウントになるんだ……。


 と、俺が感心しているとルナちゃんが立ち上がった。


「そろそろ行かないと、2人にバレちゃいますから。行きましょう」

「……リビングに戻るの?」

「はい。だって、ハルさんがこの家の主じゃないですか」

「いや……俺の家だけどさ」


 主、という言い方に引っかかる。

 何しろ父親がこの家の持ち主なのだから。


「そろそろお昼ごはんですから……なにか、食べましょう」

「今日は人が多いし、ピザでも頼もうか」

「わっ! お金持ちですね!」


 なんてことを言いながら、俺はスマホをベッド脇に置いたまま部屋を出た。だから、この家の主である……俺の父親から入っていたメッセージに気がつくのに、しばらくの時間がかかった。

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