第31話 コーヒーを飲まないという選択肢
ルナちゃんと3人で近くのカフェに入り、ちょっとおしゃれなランチを食べてから、その日は解散となった。ルナちゃんは途中で別れて家に帰り、俺が結菜ちゃんを駅まで送っていこうとした時に、彼女がぽつりと言った。
「お兄さんの家に、行ってみたいです」
「ウチに?」
俺がそう聞くと、彼女は静かに頷いた。
白女に通うことになったら、彼女もウチに住むことになる。確かに今のうちから見ておいて損は無いのかもしれない。
俺は途中で道を変更し、家に帰った。
「ここだよ」
「わぁ……。綺麗なお部屋です」
リビングに入るなり、結菜ちゃんがそういうので俺は苦笑い。
最近はお客さんがよく来るので、自分でもかなり気を使って片付けるようにしているのだ。
「お兄さんの部屋はどこですか?」
「そこの奥だよ」
「……良いなぁ」
ぽつりと結菜ちゃんが言う。
「どうしたの?」
「あっ、その……笑わない、ですか?」
「うん」
「私……一人っ子だったので、兄弟に憧れてたんです。特に、お兄ちゃんに」
「ああ、分かるよ。俺も一人っ子だからさ」
最近は特に似たようなことを考え始めた。
1人暮らしをしていると、1人が寂しいのだ。
でも、もしここに兄弟がいたら……きっと、そんなことは思わないだろう。
「ママが仕事熱心な人で……家に、いつも1人だったんです。そんなとき、兄弟がいればなって思ってて」
「分かる分かる。俺も同じだよ」
まだ小さいときに、彼女と同じことを考えていたことを思い出した。母親が死んで、父親は仕事で忙しく家に帰ってこないこともあった。そんなときは、1人が寂しかったものだ。
「私、がんばります。頑張って、白女に受かります」
「応援してるよ」
「……あの、時々……勉強を教えてもらっても良いですか?」
「うん。良いよ」
「やった。私、お兄ちゃんに勉強を教えてもらうのが夢だったんです」
変な夢だなぁ……と、思ったが、この前に
そう考えると、かなり可愛い夢の部類だ。
ただ問題は俺が馬鹿だから中学の勉強を教えられるかというところだが。
「……そうだ。結菜ちゃん」
「は、はい?」
「敬語、無しにしない?」
「……敬語、ですか」
「うん。だって、兄妹になるんだろ? 敬語ってのも、変だし」
まだ、父親は再婚していないので……俺と結菜ちゃんは義兄妹ではないのだが、あの言い方からするに、再婚するのは確定しているようなものなのだろう。だから、今のうちにだ。
「う、うん! 分かった!」
結菜ちゃんはすぐに頷いてくれた。
すごく素直な子だ。可愛いなぁ……。
と、そう思っていると、スマホが震える。
誰だろうと思って開くと……ルナちゃんからだった。
ルナちゃんからのメッセージというと、以前に数百件入っていたこともあり恐怖というか、確認するのが億劫になっていたときもあったが、今回のメッセージは端的だった。
『ハルさん。あの子に気をつけてください』
という短いメッセージである。
今いち良く分からなかったので、とりあえず『OK』と書かれたスタンプを返しておいた。
「あ、そうだ。お兄さん。これ、お土産!」
そんな俺とルナちゃんのやり取りなんて知らないだろう結菜ちゃんは、荷物の中から高そうなお菓子を取り出して、渡してくれた。
「ごめんね、気を使わせちゃって」
「ううん! ママがちゃんと持っていきなさいって」
そういって俺はお菓子の箱に目を通すと……それは、俺でも知っている最近話題のお菓子だった。この間、テレビで特集されていたのを偶然見ていたのだが、何でも若い女の子に人気なのだとかなんとか。
とりあえず女の子に人気って言っておけばそれっぽくなるんだからなぁ……という穿った見方で、その時は見ていたがいざ自分が貰う立場になるとは思ってもみなかった。
ふと結菜ちゃんを見ると、彼女の視線が俺の手元のお菓子に寄せられている。
「食べたい?」
「あ、いや! お兄さんへのお土産だから!」
そういう結菜ちゃんの視線はわずかに泳ぐ。
あ、これ食べたいんだな……と、気が付かないほど、俺は空気が読めないわけじゃない。
「2人で食べよっか」
「良いの!?」
俺が提案すると、結菜ちゃんは明らかにテンションが上がった。
「ちょっと早いけどおやつにしようよ」
「やった!」
そういって結菜ちゃんは嬉しそうな表情を浮かべる。……こういう言い方は失礼だが、結菜ちゃんは確かに冴えない。でも、こういう一つ一つの動作や表情から、彼女の人柄の良さというのが伝わってくる。
人間、顔じゃないんだなぁ……と、クソ失礼なことを考えながら、俺はお茶の準備をすると、結菜ちゃんがカバンの中から買ったばかりのコーヒーを取り出した。
「あ、私は大丈夫! コーヒーあるから」
「おっけ」
俺はコーヒーが飲めないのでお茶の準備をしていると、結菜ちゃんが俺のところにやってきた。
「あの……お兄さんも飲む? コーヒー」
俺はその申し出に、わずかに身体を硬直させて……断った。
「いや、ごめん。俺、コーヒー苦手なんだ」
俺がそういうと彼女はぴくりと眉を動かして、わずかに硬直した。
そして、はっと表情を変えると……申し訳無さそうに聞いてきた。
「あ、そうだったんだ……。やっぱり苦いのが、駄目なの?」
「いや、カフェインが体質的にね」
カフェインで酔う、というと嘘だと思われそうだったので、そこら辺を濁しながら俺はそういった。
「あ、なるほど……」
結菜ちゃんはそう言いながら、椅子に座った。
「ごめんね、せっかく言ってくれたのに」
「いえいえ! こっちこそ、変なことを言ってごめんなさい……」
俺はちょうど沸いたお湯を急須に注いだ。最近、お茶を出しすぎてお茶っ葉が無くなってるから買いに行かないとなぁ……と思いつつ、お菓子の袋を開けた。
「食べようか」
「はい!」
そう言って頷く彼女の瞳はすごく綺麗だった。
そこからはしばらく、お互いの話をした。
なんでも無いような、他愛もない話だったが……結菜ちゃんのことはだんだんと分かってきた。彼女は今どきの子にしては珍しいほどに純粋で、ピュアだった。
だからこそ、俺は少しだけ悲しかった。彼女のようなちゃんとした子が虐めによって学校に行けなくなっているということが。
彼女は意図して学校への話題を避けているような感じもあった。
しかし、それも仕方のないことだ。
俺だって彼女の立場だったら、その手の話題は避ける。
「そういえばお兄さんって彼女いるの?」
「いないよ」
「え、意外! ルナさんが彼女だと思ってた」
「ルナちゃんは幼馴染だし、大切な友達だよ」
「へー。でもお兄さんって、モテそうだよね」
「そうか? 初めて言われたな」
いや、初めてじゃないか。
あの時は適当に言ってるだけだろ……と、思っていたがまさか結菜ちゃんにも言われるとは。なんかそんなにモテオーラみたいなのが出てるんだろうか?
出てるなら出てるで良いんだけど、面倒なことにならないと良いなぁ……と、俺は胃痛の幻視を見ながらそう思った。
「なんか女の子慣れしてるっていうか」
「あー……」
それには心あたりがありまくりだ。
だが、褒められているのかわからないので渋い顔。
「そういう結菜ちゃんはどうなの? 彼氏はいるの?」
「出来たことないよ」
「あ、そうなんだ……」
「うん。だって、同い年の男の子ってみんな子供っぽいっていうか」
うわ、よく聞くやつじゃん。
俺も小学生の頃に同級生の女の子が似たようなことを言っているのを聞いた覚えがある。
「だから、年上の男の人を彼氏にしたいんだよね」
「大学生とか?」
「上すぎるなぁ。高校生が理想!」
「なるほどなあ。どんな感じの性格の人がタイプなんだ?」
「えっと、人を顔で判断しなくてお兄ちゃんみたいに可愛がってくれる人!」
「見つかると良いな」
「そうだね」
意味深に笑う
俺と結菜ちゃんは思わぬところで馬があったのか、話はよく盛り上がった。
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