第30話 コーヒーから離れたら義妹がやってきました 

 さて、心機一転新しい一週間は……至って、普通だった。


 普通に弥月みつきが朝ごはんを作りに来てくれて、普通に芽依めいが朝の登校に誘いに来て、普通に2人が喧嘩して。いや、これは普通じゃないか。とにかく、俺が恐れていたようなことは何一つとして起きず、俺の胃痛も収まった。


 さて、ストレスから解放され、胃薬からも解放され、コーヒーとは完全におさらばした俺は、だんだんといつもの調子を取り戻しつつあったが……週末に控える義妹との出会いだけが億劫だった。


 というのも、俺は初対面の人間と話すのが大の苦手。

 陰キャもド陰キャなのである。


 しかもそれが、クラスメイトではなく新しい家族となると……その億劫さは掛ける2をされて2倍である。大変だぁ。さらに父親の話によると、もしその子が白女に合格を決めたら、ウチから通うことになるので2人暮らしになるという。


 いや、単身赴任から戻ってこいよと行ったらどうにも出世かなにかをしたらしく、その地域のトップとかなんとかで、そう簡単にこっちに戻ってこれないと行っていた。で、せっかく結婚したのだから……と、俺のお義母さんも父親のところにいるらしい。


 思春期の子供……それも、良い歳した女の子をよく1人暮らしの男の住んでいる家に預けようという思考になったな、と恐怖を通り超えて感動すらも覚えた。


 という話を恭介きょうすけにしたら、『そんなことを考える時点で心が汚れてる』と返されぐうの音も出なくなり、結局ジュースを奢らされた。なんかおかしいよなぁ。


 さて、そんな訳で……俺は土曜日の朝10時から、駅で義妹を待っていた。無論、俺だけではない。


「まさかハルさんに妹ができるなんて。びっくりです」

「俺もびっくりだよ」


 現役の白女学生であるルナちゃんも連れて、だ。

 やはり、学校案内をするのに現役の生徒の協力を仰げたら強いと思いつつ……彼女に話をすると『将来の義妹へのアピールポイントですね!』と、勢いよく協力してくれた。


 『この埋め合わせはいつか必ず』、と言うと真顔で『それなら結婚してください』と言われて心臓が半分止まったのは内緒である。


「ちゃんと分かるかなぁ……」


 お義母さんから、義妹の写真はもらっているが……かと言って、それなりに人が行き交うこの場所で、初対面の人間を見つけるのは至難の技である。


「もし会えなかったらルナちゃんを目印にしても良い?」

「はい! 私がハルさんの助けになるなら!」


 金髪碧眼の彼女はとにかく目立つのだ。


 一応、義妹にはルナちゃんと来ていることを伝えている。

 流石に初対面の男と2人きりで学校見学は嫌だろうと判断して……というのが、1割。残りの9割は、俺が年下の女の子と何を話せば良いのかわからないからだ。


「一応、10時に約束してたんだけど……」


 と、俺がスマホを見ながらそういった瞬間、背後から声をかけられた。


「あ、あの……」

「ん?」

「月城、ハルさん……ですか?」


 そう声をかけられたので後ろを振り返ると俺より遥かに背の低い女の子がいた。だぼだぼで、よれよれの服を着て、髪はぼさぼさ。そして、一周回っておしゃれになってしまった丸メガネ……とはいっても、彼女の場合は度が強すぎて牛乳瓶の蓋みたいな眼鏡をかけた冴えない女の子が立っていた。


「あってるよ。君が結菜ゆいなちゃん?」

「は、はい! 私が白月結菜でしゅ……」


 すげぇ古典的な噛み方するやん……と、思いつつもそれより俺は彼女の綺麗な声に聞き入ってしまった。まるでアナウンサーや声優のような綺麗な声だ。


「こっちは、ルナちゃん。俺の幼馴染で白女に通ってる」

「よ、よろしくおねがいします!」


 結菜ちゃんは勢いよく頭を下げた。


「はい。よろしくおねがいします」


 白女に通いたいという女の子だからか、俺はもっとこう……ド派手で陽キャみたいな格好をした女の子が来るものだと身構えていたのだが、結菜ちゃんはそういうタイプでは無さそうなので、一安心。


「じゃあ、結菜ちゃん。行こうか」

「は、はい! あ、そうだ……。お兄さんって、呼んでも良いですか?」


 思ったよりも俺は彼女の言葉に、内心ぐっと来るものがあって……にっこり笑った。


「良いよ」


 そういうと、結菜ちゃんもそっと微笑んだ。

 が、ルナちゃんに脇腹を突かれた。


「ハルさんって、女の子だったら誰でも良いんですか」

「……い、いや。妹だし」

「でも、鼻の下伸ばしてました」

「伸ばしてないって……」


 なんてやり取りをしながら、バスに乗る。

 駅から白女までの直通のバスがあるのだ。


 俺たちは最後尾に座って、しばらくバスに揺られている間に……ルナちゃんと結菜ちゃんはお喋りに話を咲かせていた。


「え、ルナさんってフランスの方なんですか?」

「半分ですけどね」

「白女は長いんですか?」

「ノン! まだ、数週間です。でも、大体は分かりますよ」

「お兄さんとは……どんな関係なんですか?」

「将来を誓いあった仲ですよ。婚姻届も書きましたから」


 一切語弊は無いが、語弊がある言い方だなぁ。


 と、思ったが女の子同士が話しているところに割って入るほど、俺はコミュニケーションに長けているわけではないので、黙って話を聞いていた。


「えっ!? ほ、本当に!?」


 結菜ちゃんも女の子だからか、そういう話には興味深々のようで……眼鏡の底にキラキラとした瞳を浮かべて、ルナちゃんの話を聞いていた。


「でも、ハルさんは……私以外の人とも将来を誓い合っていたんです。私がフランスに行っている間に」


 そういってよよよ……と、泣き真似をするルナちゃん。

 急に結菜ちゃんの視線に棘が入る。


「ちょ、ちょっと。ルナちゃん」

「なんて、冗談ですよ」


 そういって、にっこり笑ったので……なんとか、事なきを得た。

 しかし、冷静に考えて見るとまぁまぁクズだな。俺。


 バスが白女の前に着いてから、学校に入ろうとしたのだが……俺は男だから駄目だと言われた。確かにいくら学校見学とはいえ、男が簡単に女子高に入れてしまうと色々と問題が起きるのだろう。


 なので、俺はルナちゃんに案内を任せて……しばらく、近くのコンビニのイートインスペースで時間を潰した。そこのコンビニは、学校の近くということもあってか白女の生徒がよく使う使う。


 休みの日だが、部活かなにかがあるのだろう。

 男女比9:1のコンビニは少しだけ……居づらかった。


 だが、他に行くこともないので時間を潰すこと2時間。

 結菜ちゃんを連れて、ルナちゃんが俺のいるコンビニに入ってきた。


「ハルさん。お待たせしました」

「見学はできた?」


 俺が結菜ちゃんの方を見ながらそう聞くと、彼女はこくりと頷いた。


「ルナさんに、いろんなところを……案内いてもらいました。やっぱり私、白女に行きたいです」


 眼鏡の底から決意のある視線を感じて、俺は微笑んだ。


 行きたい学校があるってのいうのは良いことだ。

 俺は家から近いという理由で今の高校を選んだので余計にそう思う。


「昼ごはんでも食べに行こうか」


 ちょうど、昼前だったので俺がそう言うと結菜ちゃんが、申し訳無さそうに手をあげた。


「あの、すみません。買いたいものが……あるので、買っても良いですか?」

「全然良いよ。何買うの?」

「コーヒーです」


 ……おう。


 苦い思い出のあるその単語に俺は少し怯む。


「今日のラッキーアイテムはコーヒーなんです」


 結菜ちゃんは、少しだけ恥ずかしそうに言ってから……微笑んだ。

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