第29話 一難去ってまた一難

「え、ハル先輩! ピザ奢ってくれるんですか!?」

「ああ、好きなの頼んで」


 俺は郵便受けに入っていた近くの宅配ピザのチラシを3人に見せた。3人とも一応お客様だし、ここはちゃんと俺がお金を出そうと思っていたのだが。


「ごちそうさまです!」


 後輩である弥月みつきはすぐにそう言って、笑顔でピザを選び始めた。


「私が食べる分は私で出すわ。ハルの負担になりたくないし」


 と、重いと言われたことを気にしてか、芽依めいはそう言ってピザを見た。


「ピザごときで負担もなにも無いだろ……」

「でも、結婚してからのお財布は一緒でしょ?」

「でも、まだ結婚してないじゃん」


 なんだこのやり取り。

 夫婦漫才かよ。


 夫婦じゃないけど。


「ピザの注文でいい感じにならないでください! ほら、芽依めい先輩も選んで!」


 そういって弥月みつき芽依めいにチラシを差し出した。


弥月みつきはもう選んだのか?」

「はい。シーフードにしようかなって」

「良いじゃん」


 適当な相槌だなぁ、と自分でも思いながら相槌を打つとルナちゃんが聞いてきた。


「ハルさん。これって、1人1枚頼むんですか?」

「好きなの頼んでいいよ」

「私、そんなに食べれないんでハルさんと半分こしても良いですか?」

「全然良いよ」


 確かにピザ1枚を食べるとかなりお腹がいっぱいになる。男の俺でもそうなんだから、女の子である彼女たちなら、余計にそうなるだろう。


「ハルさんはどれが食べたいとかあるんですか?」

「ピザならなんでも良いなあ。俺はどれも好きだし」

「分かりました! チョコミント味以外のにしますね!」


 チョコミント味のピザは食べ物で遊んでるだろ、流石に。


「む!」

「どうした弥月みつき。不満そうに」

「なんでも無いです。……ただ」

「ただ?」

「先輩がごちそうしてくれるって聞いて、甘えた自分が甘かったなって……」

「そう? こういうのは素直に甘えてくれた方が嬉しいよ」

「本当ですか!?」


 芽依めいとルナちゃんが2人でピザを選んでいるのをよそ目に、俺は頷いた。


「うん。変に遠慮するよりも、こういうのは勢い良く甘えてくれた方がスッキリするし」


 まぁ、カッコつけてるけどピザのお金は俺のお金じゃなくて父親からもらっているお小遣いなのだが。


「じゃあ、これからも先輩に甘えますね」


 そういって猫のようにすりよって来ようとした弥月みつきの腕が掴まれた。


「ちょっと目を離した間になにやってるのよ」

「何って、ハル先輩は甘えてくる女の子が好きって言ったから、甘えようとしただけですけど」

「そんなこと言ってないんですけど」


 だが、俺の返答は芽依めいの耳には届かずに、


「ほら、ハルもピザ選んで」


 かなり不機嫌そうに俺にチラシを渡してきた。

 俺はルナちゃんと半分にするくらいで良いんだけどなぁ……と、思いながらも一応チラシに目を通す。


芽依めい先輩って、いつもこんな感じなんですか?」

「こんな感じって?」


 ルナちゃんが俺の横に座って2人で一緒にチラシを見ている間に、芽依めい弥月みつきが続ける。


「ハル先輩に不機嫌そうにするのってことです」

「……別に、不機嫌そうになんてしてないけど」

「いや、いますごく不機嫌そうですよ。あんまり、そういうのって良くないんじゃないですか?」


 煽るような弥月みつきの言葉に、俺はチラシを顔の前まであげた。

 一緒に見ていたルナちゃんの視線も上に上がる。


 とにかく、面倒事は見ないようにするに限るのだ。


「はぁ、何も分かってないのね。弥月みつき

「……何がですか?」

「私はハルにありのままの自分を見せてるの。それで、ハルは私を受け入れてくれてるの。飾らなくてもいいの。私とハルは、遠慮するような関係じゃないんだから」

「………なるほど」


 だが、どうやら芽依めい弥月みつきを説得しきったらしい。

 俺は安心して視線を落とすと、ピザを注文するべくスマホを取りに自室に向かった。


 スマホを持ち上げると、ディスプレイに明りが灯り父親からメッセージがやってきていることに、気がついた。


「珍しいな」


 俺と父親はめったに連絡を取り合わない。

 本当に数ヶ月に一度くらいだ。


『大事な話があるんだが、いつできる?』


 と、入っていたので『夜なら行ける』と返して、ピザ屋に電話をした。


 昼食を4人で食べてからは、比較的穏やかに時間が過ぎ去った。やっぱり人間は満腹状態では中々喧嘩をしないらしい。4人でサブスクの映画を見て、18時に解散するという謎のスケジュールをもって、俺の命は救われた。






「……解決したのか?」


 俺は3人がいなくなったリビングの中で、1人の寂しさを埋めるようにそう呟いた。今のいままで3人はお互いのことを黙っていた。だが、今日の1件でお互いのことを認知したのだ。


 ぶっちゃけると、俺は殺されても仕方がないと思っていたし、怒られても嫌われても仕方のないことをしているのだという自覚はあった。


「……結局、どうなったんだ?」


 いまいち、どういう風に事情が動いたのか分からず俺は困惑したまま……ソファに座った。しかし、4人でいた時は狭い部屋だと思っていたが、相変わらず1人になると無駄に広いリビングだと思う。


「1人って、寂しいな……」


 高校に入ってからやっている1人暮らしには、もう慣れたものだと思っていた。だが……彼女たちと触れ合っている内に、1人の寂しさを自覚する。自覚して、しまった。


 親からのうるさい小言もなく、自分の裁量で自分の好きなように暮らせる1人暮らしは憧れであり、理想だった。テレビやドラマで結婚している人を見るたびに、どうしてこんな理想的な生活を捨てるのだろうと……俺は、よく思ったものだ。


 だが、1人の寂しさを知ってしまった以上、俺はもう同じようなことは考えられない。


「……結婚って、案外良いのかもな」


 なんて、婚期を前にしたアラサーのようなことを呟いた瞬間に、スマホが震えた。持ち上げて確認すると、父親だった。


「もしもし」

『久しぶりだな、ハル。元気にしてるか?』

「ああ、元気にやってるよ」


 数ヶ月ぶりに聞く父親の声は、相変わらず父親の声だった。

 懐かしいというか、こんな声だったなぁ……なんて感想を胸に抱く。


「それで、大事な話ってなんだよ」

『ああ、それなんだけどな』


 前置きもクソもなく、俺は本題の話に入った。


『父さん、こっちで良い人を見つけてな』

「はぁ」

『再婚しようと思ってるんだ』


 ……ああ。

 なんだ、そういうことか。


 俺はその時、なんとも言えない不思議な感覚に陥った。いつかは……きっと、いつかはこんな時が来るんじゃないかと思っていた。俺にとって母さんは1人だけだが、父さんにとって恋人は1人じゃない。


 その異質さというか、ボタンの掛け違いのようなすれ違いを……俺は、上手く言語化することができなかった。


『……ハル?』


 俺が何も言わなくなったのを不審に思ったのか、電話の向こうで詰まるようにして父親が俺の名前を呼ぶのを聞いた。


「急なことだったから、動揺しただけだよ。別に良いんじゃない? 再婚」

『そうか。ハルにそう言ってもらえて……助かるよ』

「父さんには父さんの人生があるんだし、あんまり俺のことばっか考えなくても良いんだからさ」


 それは、俺の偽らざる本心だった。

 父さんはもっと自由に生きてほしい。母さんが死んだ後の、憔悴した父さんを見ているから……なおさら、そう思う。

 

『それで……再婚相手の方なんだけどな』

「うん」

『娘さんが、いらっしゃるんだ』

「うん。……うん? 俺に兄弟ができるってこと?」

『中学3年生らしい』

「あ、妹か」

『それでな、白女に進学希望なんだと』


 白女というと、あれだ。

 ルナちゃんが通っている私立の女子高だ。


 確かにあそこは制服が可愛いとか、校舎が綺麗とか、進学実績がどうのこうので県外からも受験しにくる生徒がいると聞く。


「へぇ、凄いじゃん。頭良いんだね」

『……それが、不登校なんだそうだ』

「はぁ……」


 また面倒な状況だなぁ……と、思っていると、さらに親父は続けた。


『今の学校で虐められてるみたいでな。部屋から出たがらないが、それでも白女に憧れはある。だから、一回学校に行ってみたいんだそうだ』

「学校見学? 良いじゃん」

『……お前がそれをやってくれないか?』

「は?」

『すまん、父さんも向こうの方も忙しくて予定が作れないんだそうだ』

「いやいや……。会ったこともないのに……。それに、不登校の子なんだろ? 初対面の男と会わないだろ」

『向こうの子はお兄ちゃんができると大喜びしてると』

「はぁ」

『お兄ちゃんとなら、学校見学に行くと』

「はぁ?」


 どんな状況だよ、マジで。

 

『1日だけだし……。それに、土地勘あるほうが良いだろ?』

「学校見学に土地勘いらねえだろ……」


 そう言うものの、それでも父親からの頼みは断りづらい。


「別に良いよ。いつ?」

『お前が良いと行ってくれたら、いつでも言いそうだ。来週の土曜日とかどうだ?』

「良いよ」


 かくして、俺は生まれてはじめてできた義妹を女子高に連れて行くことになった。なんで?

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