第22話 コーヒー飲んだら修羅場になりました

 芽依めいも、ルナちゃんもしばらく向かい合ったまま何も言わなかった。


 俺は着替えてくると言って部屋に戻り、深呼吸を100回くらいして、まだ夢でも見ているかのと頬をつねり、そしてこれが紛れもない現実だと知った瞬間に訪れた焦りと絶望で目の前が真っ暗になりかけたタイミングで、ちょうど芽依めいが俺を呼びに来た。


「ご飯、できたわよ」

「……ありがと」

「待ってるから」


 それだけ言い残して、芽依めいは去っていく。

 ルナちゃんのことには何一つとして触れずに……。


 ……こえぇっ!!


 これなら、まだ怒られた方がマシだった。

 まさか怒られるよりも怖いことになるとは思いもしなかった。


「どうしよ……」


 いや、どうもこうもない。

 ちゃんと事情を説明して、謝ろう。


 それしかない……。


 そう思って食卓に行くと、芽依めいとルナちゃんが4人用の机に対面するように座ってた。


「ハルさん、こちらへどうぞ」

「ハル、ここ空いてるわよ」


 そして、2人して同時に自分の隣を指差す。

 俺はそんな2人を交互に見つめて……考え込んだ。

 

 ……どうしよ、これ。

 この二択は外せないというか、外してしまったら大変なことになる気がする。


「な、なぁ。ルナちゃんはどうしてここに?」

「日曜日だからハルさんと遊ぼうと思って、家に来たんです。そしたら、この人がいたんですけど……この人誰ですか?」


 そういって芽依めいを指差すルナちゃん。


「はぁ? あんたこそ誰よ。家、間違えてるんじゃないの」


 喧嘩を売りにいく芽依めい


「間違えるわけないじゃないですか。私がどれだけハルさんの家に来たと思ってるんですか」


 それにドヤ顔で答えるルナちゃん。

 彼女は「どれだけ」という表現を使ったが、そんなにルナちゃんが俺の家に来た記憶はない。

 

「……ハル。こいつを家に呼んだことあるの?」

「え、うん。数回くらい」

「そっ、それでもちゃんと呼ばれてるんです! 絶対に間違えません!」

「でも、来たのは数年前の話でしょ?」


 そんな芽依めいはさらに続けた。


「というか、今さら日本に帰ってきて……。小学生の途中からいなかったのに、高校生になってハルに取り入ろうとしてるの? 残念だけど、私とハルは結婚するの。だから、こうして私が家にいるの。わかる?」

「はぁ……。何を仰ってるのかよく分かりませんが、それはあなたが勝手に思ってるだけですよね? 小学生のときから、ハルさんに手を出すなってずっと言ってたし……周りはドン引きでしたよ」


 だが、ルナちゃんの衝撃発言で俺は思わず身体が動いた。


「え、なにそれ」

「この人、小学生のときからずっと周りの女の子たちにハルさんを狙ってるアピールしてたんです。『私のだから誰も手を出すな』って。そんなの猛獣じゃないですか」

「そ、そうだったの……?」


 俺がちらりと芽依めいを見ると、彼女は少しだけ罰の悪そうな顔でそっぽを向いた。


「む、昔の話よ……」

「予想ですけど、中学生でもやってますよね? ハルさんはよくモテないって言ってますけど、あれ本当はこの人のせいですよ」


 そういって芽依めいを指差すルナちゃん。


「はぁ? なに言ってるの。ハルがモテるわけないじゃない。でも、別にいいのよ。ハルの良いところは、別にみんなにわかるようなものじゃないから」


 ナチュラルな悪口で被弾し、傷つく俺。

 つらい。


「ハルさんの良いところを理解できるのは自分だけって思ってるんですか?」

「そうね。それに、他の人に分かる必要もないわ。私だけがハルの良いところを知ってればいいの」

「思い上がりですよ。私の方がハルさんの良いところをたくさん知ってます」


 なんの勝負だ……。


 と、俺が呆れている内に2人はさらにヒートアップ。


「大体、結婚とか言ってますけど私とハルさんはちゃんと婚姻届まで書いてるんですから。外野が何を言おうと関係ないです」

「は? 婚姻届? なんで今までフランスにいたアンタが、そんなの持ってるのよ」

「小学生のときに書いたんです。2人で」

「小学生って……。そんなのが契約書として効果あると思ってるの?」

「はい。だってハルさんは私と結婚しても良いからって思ったから、書いてくれたんですよ。あなたはハルさんに婚姻届を書いてもらいましたか? もしかしてただの口約束でマウントを取ってきてるんですか」


 お互い名前を呼ばないが、お互いのことをやけに知りすぎている。


「ふ、2人共……絶対お互いのこと知ってるよね……?」


 俺が困惑しながらそう聞くと、2人とも「ふんっ!」と鼻息荒くして……そっぽを向いた。


 ……どうすんだ、これ。


「お、俺……あっちでご飯食べるよ……」


 気まずくなったというか、居づらくなったというか。


 俺は逃げ出すように芽依めいが作ってくれたご飯を持って、ローテーブルに移動。そこで朝食を取ろうとしたが、すぐに真横にルナちゃんが座った。


「食べさせてあげます!」

「え、いや。いいよ。1人で食べれるから……」


 そういって断った次の瞬間に、芽依めいが俺を挟んでルナちゃんとは、また反対側に座った。


「どう? 美味しい?」

「いや……。まだ食べてないから……」


 2人に挟まれて朝食を食べる俺……だが、その一挙手一投足が監視されており、生きた心地がしない。両手に花とは昔のことわざだけど、こんなにプレッシャーかかるんだったら花なんて持つんじゃなかった。っていうか、この花たちは自分から飛び込んできたのである。対処不可能ッ!


 と、嘆いたところでもう遅い。

 彼女たちは俺を挟んでバチバチと火花を散らしているのだ。


 あまりの衝撃に俺の現実逃避気味の思考が加速も加速。

 適当な思考しか頭を流れていかない。


 あまりのプレッシャーに、芽依めいの味噌汁を一口飲むも……全然、味がしなかった。味噌汁で味がしないとは中々である。どうやら俺の身体は胃に続いて舌も役割を放棄したらしい。


 ストライキされまくるとか俺の身体はヨーロッパか何か?


「ハルさん」

「……ん?」

「好きですよ」

「んんっ!?」


 急にルナちゃんが告白してくるものだから、俺は思わず味噌汁を吹き出しそうになった。


「な……っ! なになに!? 急にどうしたの!?」

「どうしたのって、いつも通りの挨拶です」

「……いや、こんなの初めて」


 俺はルナちゃんからの告白に困っていると、芽依めいは無言で味噌汁を啜っていた。


「ねぇ、ハル。知ってる?」

「え、何が?」

「人前でいちゃつくカップルって、自信がないからいちゃつくんだって」

「そうなの?」

「ええ。そうしないと、別れるかも知れないから……。愛に自信が無いんでしょうね」

「へー」


 そうなんだ。勉強になった。

 これまではリア充死ねよと思っていたが、それが本当だったら人前でいちゃつくカップルに優しくなれる気がする。


 でも、なんかやけに棘のある雑学だなぁ……。


「あ、そうだ。ハルさん、知ってます?」

「なにが?」

「ちゃんと好きって言わなくても、伝わってると思ってる人って伝わらないからすぐに分かれるらしいですよ」

「へー」

「だから、私はちゃんといいますね。でも、私たちが別れることなんて無いから大丈夫ですよね!」


 その自身は凄いけど、なんか棘があるよなぁ……。


「何? 私がハルに言ってないとでも思ってるの?」

「そんなことは言ってませんけど」


 なんだか知らないが、俺を挟んで火花が飛び交っているのだけは嫌というほどわかる。そして、その原因が俺だということも。


 ……頼むから、俺を責めてくれ。


 何も言われないというのが、こんなに辛いとは思っても見なかった。


 ちらりと時計を見る。

 時刻は朝の9:30。俺は生きてこの日を抜け出せる気がしなかった。

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