第2-4話 刹那の煌めき
「秘密にしておくって……。でも、そんな、悪いだろ。
「だって考えてみなさいよ、ハル。私は良いとしても、ルナや
「……まぁ、そりゃ」
つまりは、あの時の再開。修羅場がまた始まるということだ。
そして、それが始まってしまうと何も手を打てないということを百も承知している俺としては、彼女の意見に賛同してしまわざるを得ないのである。
「だから、ハル。しばらくは私たちだけの内緒にしましょう。一週間くらいして、打ち明ければいいのよ」
「なるほど……! 冴えてるな、
「あったりまえでしょ! 誰だと思ってるのよ」
なんて言ってドヤ顔。
小さな体にアンバランスな巨乳が胸を張ることで目立つのなんの。
ドヤるのにも飽きたのか
「今日はどうする?」
「どうするって……変なこと聞くな。何もしねぇよ」
記憶喪失でないことがバレてしまったばかりに、今日の予定が無くなってしまった俺はそう返す。今日は一日、記憶喪失関連の下調べをしてバレないようにしようとしていたのに。
「だったらどこか出かけない?」
「どっかって?」
「海とか」
「海……?」
急にどうしたの? メルヘンになっちゃたの?
「なんで海?」
「特に意味なんて無いわよ。ただ、一緒に見たかっただけ。駄目?」
「駄目じゃないけど……」
それに特に反対する理由もないので、俺は
「泳がないんだろ?」
「泳がないわよ」
「じゃあ何しに行くんだ?」
「馬鹿ね、ハル。学校を休んで海を見に行くことに意味があるのよ」
なんて、そんなしょうも無いやり取りをしながら俺たちは駅に向かう。
ただでさえ学校をサボっているのにそこからさらに海に行くなんて……と、俺は思ってしまうが、
「切符派なんだな」
「普段電車乗らないもの」
「なんかお弁当でも買っていくか?」
「向こうについて食べましょうよ」
「そうだな。そうするか」
久しぶりに乗った電車は平日だからかほとんど人が乗っていなくて、座席に隣同士に座ると
「どうしたんだ?」
「ううん。久しぶりだなって思ったのよ」
「海に行くのが?」
「違うわよ。2人で遠くに出かけるのが」
「そういえばそうだな。小学校の時以来か」
「そうね」
小学生の頃は家が近かったから、俺たちは一緒に遊んだ。夏休みや冬休みもだ。親父は仕事で忙しくほとんど家にいなかったので、その代わりにと
「それにしても、海か」
「うん?」
「
「覚えててくれたの?」
「……そうだな。昔のことだけど」
彼女が海とかプールが嫌いだったのは何も泳げないからではない。身体の線がもろに出てしまうからだ。幼い頃から身体の成長が早かった彼女はそういう場所で数多くの視線に晒されるので、嫌いになったのだと昔言っていたのをまだ覚えていた。
「でも、本当のことを言うとね。別に海自体は嫌いじゃないの。水着になるのが嫌なだけで」
「分かるよ。俺も日焼けしたくないし」
「ハルはもうちょっと焼けても良いんじゃない? 今だと肌が白いのを通り越して少し不健康よ」
「文化部だしなぁ……。そういえば、
「か、考え中だわ」
そもそも彼女はそこまで本を読まない。
だから、文芸部に入ってきてもすることがなくて苦痛だろうとは思う。かと言って俺たちも特に活動をしているわけではないのだが。
海までは、電車で30分だった。
長くも短くもない時間、電車で揺られて駅から降りるとすぐに俺たちを砂浜が出迎えてくれた。
「全然人がいないな」
「そりゃね。全然海の季節じゃないもの」
夏でもないのに海に来ることなんてない俺は、灰色の海というのを初めて見た。光が弱いからか、どうにも海と空の配色がくすんでいるように見えて俺はなんとも言えない気持ちになっていたのだが、隣にいる
「あんまり、綺麗じゃないな」
気の利いたことなんて一つも言えない俺がそう言うと、
「でも、それが良いじゃない。人間みたいで」
「お、文学っぽい」
「本当?」
「多分」
「何よそれ」
なんて適当なことを言って笑いあうと、本当に昔に小学生に戻ったみたいだった。
「ハルは海が好き?」
「どうだろうな」
海に良い思い出はない。
俺が子供の頃に海に行くと同い年くらいの子はみんな母親と来ていて、俺はすぐにでも帰りたくなったのとを覚えている。俺は母親がいないのに。一緒に来てくれるお母さんがいないんだって思えてしまうから海は嫌いだった。
それと同じように、プールもまた嫌いだった。
母親と一緒にいる子供を見るのが、嫌だった。
だから俺は、
もちろんそれを
でも考えてみると、俺は海そのものに嫌な思い出があったわけじゃないんだと思う。海に付属する思い出が嫌なだけで、海で溺れたりプールで溺れたりした思い出はないからだ。
「嫌いじゃないけど、好きでもないかな」
「嫌な思い出があるから?」
「……まぁ」
それもある。
と、そう言いたかったのに、俺は何も言えなかった。
ただ、
「だったら、良い思い出で埋めればいいのよ」
「…………何を」
「良いじゃない。これくらい」
その顔があまりにも可愛いものだから、俺は何も言えずにただ見ていることしか出来なかった。
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