第20話 コーヒー飲んだらお泊りすることになりました

「……お泊り?」

「ダメ……?」

「いや、ダメってことは無いけどさ……」


 そう、別にダメってことはない。

 うちの家にも来客用の布団はあるし、咎める親はいない。


 だが急にそう言われても、俺だけが良いと言えば片付く話じゃないはずだ。


芽依めいの親は?」

「ちゃんと話してきたわ。もしかしたら、ハルの家にお泊りするかもって」

「ちゃんと? 言ったの?」

「ええ」


 芽依めいの両親と言えば過保護も過保護で俺の中で有名だ。

 まぁ、娘ともなればそれは可愛がるだろうし……現に芽依めいはすこぶる可愛い。


 そうなったら、彼女の両親が芽依めいを過保護に扱うというのもわかろうという話だ。


「そしたら?」

「ハルの家なら良いよって」

「言ったの? 芽依めいのお父さんとお母さんが??」

「ええ」


 マジ!?!?


 俺は芽依めいが突然それを言い出したことよりも、そっちにびっくりだ。


「あの芽依めいのお父さんとお母さんが……」

「うちの両親はハルには甘いもの」

「そうなの?」


 それは初耳だ。


「ええ。私が夜の内に外に出るなんて、ハルじゃないとOKしてもらえないわよ。それが友達でもね」

「友達でもって……。芽依めいはお泊り会とかやんないのか? ほら、女の子ってそういうのやってるイメージあるんだけど」

「ハルは女の子にどんなイメージを持ってるのよ」


 芽依めいは少し呆れたようにそう言うと、


「私、ハル以外に友達いないから」


 そう、返してきた。


 ……どう返答すれば良いんだ、これは。


「……そんなことは無いだろ。芽依めいはクラスの中でも中心人物だし、いつも周りに人がいるし」

「打算的な連中しか集まらないのよ、私の周りに」

「打算的?」

「私と仲良くなってあわよくば付き合いたいとか、クラスの中でも上になりたいとか……。そんなのばっかり」


 芽依めいは視線を伏せて、


「そんなの、友達じゃないでしょ?」


 静かにそういった。


「……そうだな」


 容姿、というのは重大なファクターだ。

 

 人は見た目で決まらないという言葉がある。

 だが、どれだけ取り繕っても、大部分の人間はその人の第一印象を見た目によって決めるし美人やイケメンなら、それだけでそこに価値がある。


「だから、ハルだけなのよ。私の近くにいて、私が気を使わなくてもよくて……私を利用しようとしないのは」

「まぁ、幼馴染だしな」


 小さい時からずっと一緒にいて、お互いの良いところも嫌なところも全部知っている。それでも俺は芽依めいと仲良くしていたし、芽依めいも俺と仲良くしてくれていた。


 途中で疎遠になったけど、またこうして戻ってきたのは……きっと、お互いに思うところがあったからなのだろう。


 だが、俺は自分でそう言うと……少し恥ずかしくなってしまい、芽依めいから顔をそむけると、家の鍵を空けた。


「中入っててよ。お茶でも入れるからさ」

「ありがとね、ハル」


 芽依めいとなんとも言えない雰囲気になりつつあったので、帰れとも言い出せず……俺は芽依めいを家に泊めることにした。泊まると言ったって、来客用の布団を出せば良いんだし……部屋を別にしてしまえば良いだろう。うん。


 俺は弥月みつきから食らった不意打ちのキスの反省を踏まえて、これ以上3人との関係性を深めないようにしたい。……まだ、これくらいなら戻れる。元に戻れるのだ。キスは流石に、ギリギリアウトな気もしないこともないが、アウトよりのセーフという判定を下して進もう。

 

 とにもかくにも、俺は3人との関係性を解決しなければいけない。


 とりあえず俺は芽依めいにお茶を入れると、来客用の布団を押し入れから引張りだして客間に敷いた。


芽依めい、布団だすからさ」

「……え!?」


 芽依めいが目を丸くしたまま、固まった。

 そして、「何言ってるんだ……?」みたいな表情を浮かべている。


「いや、布団ださないと寝れないだろ? どこで寝るんだ?」

「……そ、そうね。なんでもないわ」


 芽依めいは唖然としたまま、そう言うと……彼女はそっと下を見た。


「……ハルが積極的になってくれたのは嬉しいけど、そうよね。ハル任せにしてもダメよね」

「どうした?」

「なんでもないわ」


 めちゃくちゃ早口&小声で言うものだから、うまく聞き取れずに聞き返すと彼女は首を横に振って、否定した。


 なんなんだ、と思いながらも彼女の持っていた荷物を客間においてリビングに戻る。


 そこから俺たちはしばらく他愛の無い話をして、互いにベッドに入った。

 電気を消して真っ暗になった自室の中で、俺は外灯と月明かりを頼りに天井を見つめていた。


「……どうすりゃ良いんだろうな」


 言葉にする。誰も返事などしない。

 俺もそんなものは求めてない。


 こんなこと、誰にも言えない。


「俺はどうしたいんだろうな」


 決まっている。

 3人の告白を、どうにかしたいのだ。


 きっと、1人から告白されたら……俺は驚きながらも、OKをしたと思う。

 彼女たちが自分とは分不相応ということは分かっているけど、好かれているのは嬉しい。だから、きっとOKをした。


 でも、流石に3人同時は対処ができない。

 誰一人として……俺は彼女たちに優劣を付けられない。

 

 だから、誰か1人を選べない。


 いや、本当にそうなのか?

 俺は1人から告白をされていてもOKをしていたのか?


 俺は誰かと付き合いたいのか……?


「どうすれば、解決するんだ」


 弥月みつきは、告白を保留するという答えをだした。

 心苦しい選択ではあるが……今の俺にはそれ以外の答えが無い。


 問題はあと2人だ。

 芽依めいと、ルナちゃん。


 俺は芽依めいが俺と付き合いたがる理由が……正直なことを言うと、今の今までよくわかっていなかった。きっと、彼女は約束に囚われているのだと思っていた。


 でも、違った。

 今日、彼女が俺のことをどう思っているのかという話を聞いて……俺は、少なからず彼女に影響を与えていたのだと、知ったのだ。


「そんな人間じゃないって、俺は」


 天井を見上げて、誰に聞かせるわけでもなく……俺は漏らす。

 

 幼馴染が困っていたから、泣いていたから……そんな彼女を助けたいと思っただけなのだ。それが、回り回って彼女に好かれることになるなんて、思っていなかった。


 俺が思わず頭を抱えそうになっていると、こんこん……と、優しく扉がノックされた。


「はい?」

「……ハル」


 扉の向こうから聞こえてきたのは、芽依めいの声。


「どうした?」

「入っても良い?」

「ああ、別に良いけど……」


 俺がそういうと彼女はがちゃり、と似合わないほどに優しく扉を開けた。

 そして、


「一緒に寝ましょ」


 ゆっくりと、そう言った。

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