第2-3話 真理の選択

 次の日、ガチで俺のことを記憶喪失だと思いこんでいる芽依めいと、芽依めいのお母さんに連れられて病院に行ったが当然のように検査結果に異常なし。そりゃそうだ。


 医者からは色々と言われていたがその全てを全く覚えていない。


 健康に関することとか、なんかそんなことを言われていたような気がするのだが、正直言ってこれから先どうしようかという漠然とした不安しか無かったからだ。


 というのも、流石にここまでの大事になってしまった以上、どこかでネタばらしをしなければ行けないというのはよく分かっている。だが、昨日の今日でネタばらしをしようものなら、「お前の記憶喪失、嘘じゃねーか」とツッコまれてしまうことは必至。


 なので、それっぽい頃合いを見てネタばらしをしようと思ったのだが、


「それにしても大きな怪我がなくてよかったねぇ、ハルくん」

「すみません……。お忙しいところ」

「いーのよ。昨日、芽依めいが凄いハルくんのことを心配しててね? そりゃもうすごかったんだから」

「ちょっと、ママ。言わなくてもいいから、それ」


 ちなみにだが、今の俺の記憶喪失の設定としては「ここ5年間の記憶がなくなっている」である。つまり、芽依めいのことは知っているが顔や姿は5年前で止まっている。しかし、生活にまつわることは覚えているというなんとも都合が良いと言われてしまいそうな設定だが、一応『エピソード記憶』が無くなったという設定なのだ。


 だから、5年前からそこまで容姿の変わっていない芽依めいのお母さんのことは分かるし、家のことも分かる……という感じでやっている。最初は医者にバレるかと思ったのだが、なんとか乗り切った。いや、もしかしたら本当は記憶喪失じゃないとバレてたかも知れん。


「ねぇ、ハルくん。どう? 芽依めいのことは」

「どう、って?」


 運転中だと言うのにバックミラーで後部座席に座っている俺の方を見ながら芽依めいのお母さんが聞いてくる。危ないんでちゃんと前向いて欲しいっす。


「だって、今のハルくんが知ってる芽依めいの姿って5年前……だから、小学校の時なんでしょ? 高校生の芽依めいを始めて見てどう思ったの?」


 あ、これ可愛いって言わされるやつじゃん。

 

 おばさんとの付き合いが長い俺はそれを瞬時に理解。

 芽依めいが可愛いからという大前提はさておいても、おばさんは割と子煩悩。芽依めいの可愛さを周りに知ってもらいたがっているし、何より周りの人間に「可愛い」と言わせたがっているのだ。


「そうですね……。始めはびっくりしたんですけど、でも小学校の時から全然変わらず可愛いなって思いました」

「ね? そうでしょ? そうでしょ? ね、どこが可愛いと思ったの?」

「目元ですかね」

「分かってるわね、ハルくん」


 なんておばさんに合わせたやり取りをしているものだから、いつ芽依めいからのツッコみが来るのだろうと戦々恐々としていると……ツッコみが来ない。


 どうして……と、思って助手席に座っている芽依めいの横顔をちらりと見ると、満更でもなさそうな顔して黙っていた。


 そんなこんなで家に着くと、


「今日は芽依めいをおいていくから、良いように使ってね」


 俺と一緒に芽依めいを下ろして、走り去っていった。


「……別に、全部一人で出来るんだけどなぁ」


 そんな一人言を漏らしたのもつかの間、家に入ろうと鍵を取り出そうとした瞬間、背伸びした芽依めいの顔がすぐ近くにあった。


「うおっ!? な、何? どうしたの?」

「……ハル、あんた」


 そして彼女は何かを調べるようにじぃっと俺の瞳を覗き込む。彼女の透き通ったきれいな瞳に吸い込まれるようにして、ただお互いに何も言わない時間を過ごしていると、ふと芽依めいが口を開いた。


「ほんとは記憶喪失じゃないでしょ」

「ど、どういうこと?」


 ……ば、バレてる。


 思わず背筋に冷や汗が走る。

 あの四人の中で一番付き合いが長いのが芽依めいだ。俺の癖や、特徴は彼女が一番知っていると言っても良い。


 特に俺が嘘をついたときなど、彼女は信じられない精度でそれを当ててきたりするのだ。つまり、


「今日病院に行ったのは、ハルがどっかで頭を打ってたら何も検査しないのはまずいって思ったから。昨日は慌てたけど、冷静になったらすぐに分かった。ハルが記憶喪失じゃないって」

「な、何の話をしてるんだ……?」

「別に嘘つく必要無いわよ。ハルのことだから、意味もなくこんなことしないでしょ?」

「…………」


 さて、俺の中にはいま2つの選択肢があるわけだ。

 芽依めいに記憶喪失ではないということを打ち明けるかどうかという選択肢が。


「確かに昨日のあの状況をどうにかするんだったら、それくらいインパクトがある方が良いとは思ったけど、流石にやりすぎよ。私じゃなかったら気が付かなかったわ」

「……なんで」

「どうしたの?」

「なんで、俺が記憶喪失じゃないって思ったの?」

「簡単よ」


 俺がそう尋ねると彼女は不敵に微笑んだ。


「ハルが嘘ついているかなんて、顔を見れば分かるもの」


 そう言われてしまうと、手も足も出ない。

 俺は深く息を吐き出して、観念したばかりに両手を上げた。


「……よく、分かったな。芽依めい

「当たり前でしょ? 何年一緒にいると思ってるの」


 そして俺は、芽依めいに自分が記憶喪失ではないことを告げることにした。


「それにしても、記憶喪失ね。ハルも変なことを考えたものね」

「……悪い。こんな大事になると思ってなくて」

「記憶が無くなったなんて言ったら騒ぐに決まってるでしょ。……ハルは、ああいうのから抜けるのだけはうまくなっていくのね」

「ぐぅ……」


 ぐぅの音もでねぇ一撃を食らわされた俺は沈黙。


「や、やっぱり……他のみんなに言ったほうが良いかな? 俺の記憶喪失は嘘だったって」

「うーん……。そうね……」


 俺が芽依めいに問いかけると、彼女は顎に指を重ねて少しだけ考える素振りを見せると、


「ううん。私とハルの二人だけの秘密にしておきましょう」


 そう言って微笑んだ。

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