第2話 コーヒー飲んだら幼馴染が婚約者になってました

 俺が弥月みつきの言葉に驚いていたまま言葉を失っていると、彼女はスマホを見て驚いた。


「わっ! もう時間だ!」

「時間?」

「今日はちょっと朝早く行かないと行けなかったんです! ごめんなさい、先輩。先に行ってますね!」

「う、うん……」

「明日は一緒に登校しましょう!」


 弥月みつきはそういうと、まるで台風のようなスピードであっという間に出ていってしまった。


「……な、何だったんだ?」


 俺は出来上がったばかりの朝ごはんを見る。


 白米と、味噌汁。

 そして、卵焼きと納豆。


 別に、なんの変哲もないちゃんとした朝ごはんだ。


「……美味しい」


 味噌汁を口に運んでそういった。


 久しぶりに、ちゃんとした朝ごはんかもしれない。

 最近は食パンを何も付けずに食べるってことしかやってなかったし。


「いや、違う違う。そこじゃないって」


 弥月みつきのごはんが美味しいので、思わず感嘆の声を漏らしてしまったが……そこじゃない。


弥月みつき……結婚を前提に付き合うって、言ったよな……?」

 

 俺は弥月みつきの言葉を繰り返しながら、昨日のことを思い返す。

 

 だが、どれだけ思い返しても昨日の部活で弥月みつきからコーヒーをもらってからの記憶がない。


「コーヒーで酔っ払って、記憶を無くしたとか?」


 カフェインで酔う、というのは珍しい体質だが別に無いわけじゃない。

 現実に俺がそうだ。だけど、


「……そんなことあるか?」


 ないだろ、普通に考えて。


 俺はスマホを取り出して『カフェイン 記憶 なくなる』とか『カフェイン 酔う 酒』みたいに調べるが、一向にヒットしない。


 そりゃそうだ。

 カフェインとアルコールじゃ成分が違うんだから。


「でも、俺は記憶を無くしてんだよなぁ……」


 つまり俺は昨日、記憶を無くすほど飲み、弥月みつきと結婚を前提に付き合い始めたらしい。


「……そんなこと、ある?」


 弥月みつきはいたずら好きだけど、そういう嘘は付かない。

 だから、彼女の言っていることは本当だ。


「やばいよな……。付き合うって言ったのに、記憶を無くしてるとか……」


 俺は今まで誰とも付き合ったことがないが、流石に告白した側が記憶を無くしているのはまずいというのは分かる。それも、結婚なんてものを前提にしておいて、だ。


「……てか、よく冗談だと思わなかったよな」


 いい歳した大人の告白ならまだしも、俺はまだ高校生だ。それなのに結婚なんてワードをよく真剣に受け止めたなぁ……なんて、現実逃避じみた思考で俺はスマホの画面を流し見していると、チャイムが鳴った。


「誰だろ」


 もしかして、弥月みつきが忘れ物でもして戻ってきたのかも……なんて思いながら、玄関の扉を開くと制服に押しつぶされている巨大なおっぱいが見えた。そして、その次にショートの髪。


 そして、アイドルみたいに可愛らしい顔。

 それは酷く久しぶりにみる顔だった。


「……め、芽依めい?」

「遅いから迎えに来たわ」


 彼女はため息を付きながら、そういった。


 芽依めいは俺が小さいときから、仲良くして女の子だ。でも、中学校に入った時からだんだんと疎遠になった。きっとそれは思春期特有の恥ずかしさだ。でも、そんな彼女が高校で俺と同じ学校に来た時はびっくりした。


 芽依めいは昔から可愛いから、モテた。

 そりゃモッテモテで、大変だった。


 高校生になってもそれは同じみたいで、多くの人が芽依めいに告白しては散ったという話を耳にする。そんな芽依めいが、なんで俺の家の前に来たんだろう……と思っていると、すぐに彼女は答えてくれた。


「迎えって……?」

「一緒に学校に行くんでしょ?」

「はい……?」


 登校? 俺が、芽依めいと一緒に?


 数年ぶりに聞く言葉に頭が付いてこない。


「はい? って何よ! 昨日、誘ってきたのはあんたでしょ!」

「そ、そうだったっけ?」

「そうよ。何? 忘れてるの?」


 殺気のこもった視線で、俺を貫いてくる芽依めい

 昔はこんなこと無かったのに……なんてことを思いながら、俺は必死にごまかした。


「ま、まさか。そんな訳無いだろ? ね、寝起きだって……」

「ふうん。朝が弱いのね」


 まだ、というのは昔のことだろう。

 小学生のころは芽依めいが起こしに来てくれるのが普通だった。


「待っててあげるから、早く支度して」

「わ、分かった」


 俺は慌てて家の中に戻ると、弥月みつきの作ってくれていた朝ごはんを流し込むようにして全部食べると、すぐに外にでた。


「ご、ごめん。遅くなった」

「……ハル。それで準備が終わったつもりなの?」


 久しぶりに名前呼ばれたなぁ、なんて思っていると彼女はため息をついて、そっと俺の髪を抑えた。


「まだ寝癖がついてる。すぐに直してきなさい」

「あ、ごめん……」


 俺は寝癖を直して再び玄関に出ると、彼女は満足したように息を吐いた。


「まぁまぁね」


 な、何が?


「学校に行くわよ」

「う、うん……」


 俺と芽依めいは2人で学校に歩いて向かう。

 その途中で、会話はない。


 故に気まずい。鬼のように気まずい。

 しかも、学校に近づくにつれて周りに同じ学校の生徒が増えて来て視線が集まる。


 好奇の視線に晒されることに慣れてない俺は、いたたまれなくなって芽依めいに尋ねた。


「あ、あのさ……」

「何?」

「て、天気がいいね」

「曇りだけど」

「こ、これから晴れるってことだよ。」

「……ふふっ」


 あ、あれ? 芽依めいが笑った?

 珍しい。いつもは笑わないのに……。


「それにしても、昨日はびっくりしたわ」

「あ、ああ。昨日ね……」


 また出た。『昨日』というワード。

 俺は昨日何をやったんだよ。


 ふと俺はひらめくと、芽依めいに聞いた。

 そうだ。覚えてないなら、覚えてる人から聞けば良いんだ。


「昨日、俺がなんて言ったか覚えてる?」

「なに? もしかして、ハルのくせに私を試してるの? 忘れるわけないじゃない」


 芽依めいは大きな胸を張ってドヤ顔で答えた。


を守りに来たって言ったのよ」

「や、約束……?」

「もしかして、約束を忘れたの?」


 ひゅっと、空気がまた冷たくなる。


「ち、違うって。俺と芽依めいがたくさん約束したから」

「そ、そうね」


 俺のとっさの言い訳に、覚えててくれたんだ……、と小さく芽依めいは呟いてから続けた。


「ほら、私たち約束したでしょ? 16歳になったら結婚するって」


 ……したっけ?


 記憶を探る。

 すると、ちらほらと該当する記憶が浮かんできた。


 いや、なんかしたような記憶があるな。

 約束したかも知れん。


「でも、あれは子供同士の約束だし……それに、16歳じゃ結婚できないじゃない?」

「そうだな」


 女性は16歳で結婚できるものの男は18歳になるまで無理なのだ。


「だから、2人で決めたの。16歳になったけど、結婚はできないから……18歳になったら結婚しようって。それまで付き合おうって」

「…………」


 昨日の俺は何やってんの?

 後輩に告白したその口で幼馴染に告白しにいくような人間だったの?


 我ながら自分のことが信じられなくなってきて、思わず顔を手で覆ってしまう。


「ふふっ。昨日もそんな感じで顔を真っ赤にしてたわよ、ハル」


 それ、多分酔ってたからだわ……。


「私がこのままの名前なのもあと2年ね」


 俺は胃が痛くなってきて、左手で腹を抑えた。


「……なんでそんな変な格好してるの?」


 右手で顔、左手で腹を抑える俺に芽依めいが短くツッコんだ。

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