終章2 ※ビターエンド/バッドエンド ハッピーエンドをご希望の方は読まないで下さい。

53 ダイヤに

 2031年1月9日 埼玉県某所


「お待たせしました」

「明けましておめでとうございます」

「あ、あけましておめでとうございます」


 吐く息が白い。待ち合わせ場所で先に待っていた厚着の男性は、地元新聞社の山崎記者である。いつも僕たちの活躍を好意的に記事にしてくれていた、『たま新』の記者だ。


「時間は大丈夫でしたか?」

「これから向かえばちょうど良いぐらいです」

「良かった、少し雪で電車が遅れていまして……」


 今年は新年から零度を下回る日々が続き、年明けごろから降ったり止んだりを繰り返した雪があちこちに残っている。今朝早く、また降り始めた雪の影響で、電車のダイヤにも大きく遅れが出ていた。


 山崎記者から連絡があったのは、去年の暮れだった。民放3局と地方局・地方新聞社が合同で作っている新春の大型番組。1月1日の年明けの瞬間に始まり、10日の24時までぶっ通しで行われる生放送『240時間テレビ』。日本人の約5割が見るという、この大人気番組は、様々な企画とコーナーで盛り上がる。芸能人が体を張ってお笑いやスポーツに挑んだり、一般人を巻き込んでのバラエティやドラマ、ドキュメンタリー、芸能人による大カラオケコーナーにチャレンジ企画などなど。盛りだくさんだ。中でも5人の芸能人がタスキを繋いで約1000キロを走破する『240時間マラソン』は人気が高い。放送中に視聴者からの募金を募り、それを恵まれない人に寄付するというチャリティー番組である。

 第一回の放送の時は、お笑いタレントの明石風たこ焼き師匠と、大御所のビート板たて泳ぎ師匠の両名が司会を務めた。しかし2回目以降、この両師匠は番組に一度も参加していない。その理由をある番組で語っていたのを僕は見た覚えがある。いわく「チャリティー番組なのに、俺達のような高給取りがやっていては本末転倒である」と、いった内容であった。

 この番組で集められる募金の総額は、軽く億を超える。日本人全員が一人1円以上を寄付する計算で、年によっては十憶円から数十億円にものぼる。しかしその一方で、番組にかかる製作費は、数百億から1000億円規模だ。番組スポンサーは百社以上あり、それぞれが数千万円から億単位で広告費を出すのだ。その制作費の大半が、番組に出演する芸能人、スタッフに支払われるギャラである。ひな壇芸能人はのべ1000人以上。若手の芸人がいちコーナーに出るだけならギャラは百万以下だが、10日間、寝る時間を割いて出演し続ける司会は数億から数十億円ものギャラになる。

 それが問題なのだと。チャリティー番組なのだからノーギャラでもやるが、高額のギャラがかかるなら出演はしない。俺はノーギャラでも構わないが、もし一番上の俺が受け取らなかったら、他の若手もギャラを受け取れない。それは若手にとっては死活問題なのだ。だからこの番組には出演しない。そんな事を語っていたと、記憶している。


 山崎記者からの話は、その240時間テレビへの出演依頼であった。番組のいちコーナー。およそ1時間の枠を取って放送される企画のタイトルは『あの人は今』である。かつて一世を風靡した有名人の自宅に突撃し、その家を探索してお宝を探したり、本人や家族から近況と、当時の思い出などをインタビューするといった内容。それに「是非。出演して頂けませんか」と。ギャラは無し。チャリティー番組なのでギャラは無し。大事なので二回言いました。「チャリティーの名目で行われる番組なので、ギャラは1円も出ませんが……」と、山崎記者から伝えられた。大事な事なので! 三回言いました!

 ふーん。そうなのか。別にお金には困っていないので構わないが、今一つ腑に落ちない部分もある。しかし、昔からよく知っている山崎記者からのたっての頼みでもあったので、僕は二つ返事でオーケーを出した。


 山崎記者と待ち合わせした後、別の場所で待っているという番組スタッフ十数人とも合流。更に少し遅れて、今回のコーナーのリポート役を務める芸能人もやって来た。沖縄出身で元サッカー経験者でもある、お笑い芸人『ペナルティキック』のボケ担当、『ワべっちセール』であった。

「初めまして。よろしくお願いします!」若く見えるが芸歴は40年近く、年齢は還暦近い。大ベテランと言っても良いだろう。明らかに年上なのに、僕や周りのスタッフに対しても、ものすごく腰の低い人物であった。「ワべっちセールと言います! 友達みたいにワッチーって呼んで下さい!」と、元気な声で僕に挨拶と、握手をしてくれた。初対面から好印象である。

 そのままスタッフたちと、番組の用意したマイクロバスに乗り込み、僕の自宅へと移動する。ワッチ―は移動の間も色々と、面白い話題を振り、また持ちネタやギャグを連発して、車内の空気を盛り上げてくれた。僕も山崎記者も、周りにいたスタッフたちも、そんなワッチーに大爆笑していたのは言うまでもないだろう。

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