終章1 ※ハッピーエンド

47 あの日を最後に

 天皇杯優勝から5年が経った。


 とても忙しく充実した日々を送っていた僕は、すっかり日記の存在を忘れていた。荷物を纏めていた時、優勝トロフィーやDVDと共に発見した『僕のサッカー日誌2020』そう銘打たれた手書きのノート。最終ページをめくってみると、天皇杯で優勝したあの日を最後に更新が途絶えていた。

 新聞の切り抜きが入ったファイルの方も軽くめくる。『王者の三冠を阻んだのは無名のチーム』という見出しの新聞。いや、これは正規の新聞ではなく、号外だろうか? 半面サイズの紙面いっぱいに、あの元日決戦の様子が事細かに描かれていた。キュー武メンバー全員が笑顔でトロフィーを掲げている、大きな大きな写真入り。


   ボール支配率 : シュート数 : 枠内シュート数

さいサファ 72% :   32  :  13

キュー武  28% :    9  :   6


大会得点王 (6回戦以降)

武田與範 7得点


大会MVP

武田神子 5得点5アシスト


「……よくこれで勝てたな」僕は一人、呟いた。記事を流し読みすると、あの時の感動と興奮が甦る。記事の最後には (山崎信一郎やまざきしんいちろう) と、署名入り。この情熱と愛情の籠った記事は、やはりあの人だったかと、大きく頷いた。


 天皇杯で優勝した、それ自体はもちろん記憶にある。だけど何故か、当時の野心や神子については、深い霧の中を手探りするように、記憶が混濁して思い出せない。だから僕は、この5年間に起きた出来事を改めてここに書き残しておこうと思う。本当に色々な事があった。野心も與範も神子も、玲人も医師も、今、それぞれの場所で活躍している。その話の前に、まず自分自身と、玲人がどうなったかから書いていこう。


 天皇杯優勝から数日。自宅に電話があった。母が出て暫く話していたと思ったら大声で名前を呼ばれた。知り合いなら携帯にかけてくるだろうから、誰だろう、何だろう、嫌だな~怖いな~と思って受話器を取ると、地元埼玉のプロチーム『上尾シトリンズ』の関係者を名乗った。天皇杯でも戦った相手。チームカラーはオレンジ。全員サッカーを身上としている。現在、2部リーグと3部リーグを行き来しているチームだ。一時期はトップリーグで、さいサファと埼玉ダービーを繰り広げていたが、2017年を最後に近年は1部まで昇格した試しがない。

 その上尾の関係者だって? これは新手の詐欺だろうか? 僕は受話器の前で身構えた。「少し会って話が出来ないだろうか」などと言い出したので、警戒するのは当然だろう。しかし話を聞いていくうち、これは本当の話なのかとも思うようになった。いや、まだ騙されているかも知れないと、半信半疑ではあったが、自宅を避けて人の多い場所での面会という事で話を聞く運びになった。見ず知らずの怪しい人間を自宅に招くなど出来ない。某日に某所でと、取り決めをしてその日は受話器を置いた。

 その日だったか、翌日であったか。玲人の家にも、上尾の関係者を名乗る人から話を聞かせて欲しいと、電話があったという。これはいよいよ怪しい。そう思った僕は、上尾のホームページから電話番号を調べて、直接電話をかけてみた。その結果、先の電話も本当に上尾の関係者で間違いないと判明。こうして僕と玲人は、一緒に上尾の人に会う事になったのである。


 約束の日。僕と玲人はラフな格好。相手はスーツ姿でパリッと決めた、40代ぐらいの男性2人組であった。寒い季節だったので、どこのブランド物かは分からないが、高そうなコートも羽織っていたと、記憶している。先に待っていた僕たちに対して「約束の30分前に着いたのですが、お早いですね。お待たせして申し訳ありません」丁寧に挨拶された気がする。2枚の名刺を受け取り確認すると、『上尾シトリンズ スカウト担当』『上尾シトリンズ 広報担当』そう書いてあった。


 スカウト!


 予想通りの話であった。プロチームからの勧誘。細かい話はほとんど覚えていない。年俸の話とか、ケガや基礎疾患はないかといった身体的な状態フィジカル・コンディションを聞かれたと思う。僕が何と答えたのかも定かではない。小1時間は話しただろうか。もう一度1部リーグに戻るため2人の力が必要だ。そんな殺し文句も飛び出した。高卒や大卒の選手ではなく、4月から僕ら2人を新人ルーキーの目玉に考えているのだと。「是非ご考慮下さい」その日はそれで別れた。

 玲人は興奮した様子で、大いに乗り気だったと思う。夢のような話と言うより、夢が叶ったと言うべきだろう。プロ入りは僕ら2人が幼少期からずっと夢見ていた道。それを目標にサッカーを続けてきた。ただ僕自身は、この話を聞いてもそこまで心が動かなかった。燃えなかった。なぜだろう? 天皇杯で優勝する、その夢が叶って満足してしまったような。燃え尽きた……ありていに言えばその言葉が一番正しいかも知れない。一人で盛り上がる玲人を、少し冷めた目で見ていたように思う。


「これでまた一緒にサッカーがやれるな!」そんな玲人の言葉に、僕は気のない返事をした。

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