48 玲人に

 あれからずっと悩んでいた。嬉しい話のはずなのに、一晩経っても二晩経っても心が動かない。頭では分かっている。この道に進むのが良いと。そう願っていたはずだと。だけど何故か虚しい。


 上尾に入って玲人と一緒にプレイして、

 毎日サッカーに明け暮れて、

 サッカーの話ばかりして……


 そう思い描く未来。それこそ望んでいた未来だと、頭では理解している。なのに心が全く踊らない。玲人とも何度か話をした。その度に玲人との温度差を感じた。僕だって玲人と同じはずなのに! 今までなら絶対そうだったはずなのに……!


 数週間、ずっと悩んでいたと思う。上尾の人とも何度か会った。必要だというので健康診断メディカルチェックもした。玲人ともども、結果はもちろん問題なし。その間、玲人と何度も話をした。このまま、なあなあで上尾入団が決まってしまいそうだった。


 そんな2月某日。花粉症の季節でマスク姿の人が多くなる頃。玲人から話があると、切り出された。

「上尾シトリンズさ。入団を取りやめたよ」

「……は?」

「別のチームに行く」

「え……? だって玲人、あれだけ乗り気だったじゃないか」

「そうなんだけどさ。凡平。お前が乗り気じゃないだろ」

「あ……やっぱり分かる?」

「逆に、分からないと思っているのか?」

「だよな……実はものすごく悩んでて」

「知ってる」

「絶対楽しいと思うしさ」

「ああ、そうだな」

「玲人と一緒に、またサッカーが出来るのも嬉しい」

「うん」

「でも駄目なんだ。なんかもう……何でだろ」

「分かってたよ。だから他のチームに行く」

「?」

「凡平が悩むのは、多分一緒にサッカーがやれるからだ」

「そりゃそうさ」

「サッカーがやりたいんじゃないんだよ。凡平。お前はもうサッカーがやりたいんじゃないんだ」

「えっ?」

「一緒にサッカーに携われる。だからその道を行こうとしている。だけど、サッカーがやりたいんじゃないんだ」

「……」

「違うクラブを選べば、凡平は上尾に入らないと思った。だからそれを選んだ。もし凡平がそれでも上尾を選ぶぐらい、まだサッカーがやりたいと思っているなら、土下座してでも、もう一度入団させて貰えるように頼むつもりでいる。でも多分、お前はそれを選ばない」

「……」

「なあ。自分自身に正直になれ。お前は何をしたい?」


 本当に分からなかった。自分が何をしたいと思っているのか。玲人の話を聞く前に、僕の心は五分五分で揺れていたと思う。サッカーは好きだ。大好きだ。それは間違いない。でも自分の限界も知ってしまった。僕は多分、プロの世界でトップに立てるような器じゃない。どんなに望んでも、どんなに努力しても。きっと届かない。野心。與範。医師。神子。あのレベルには絶対になれない。ああ、そうなんだ。僕は自分の限界が分かったんだ。それを理解してもなお、高みを目指そうとしている玲人との決定的な違い。


―――僕は僕自身を諦めてしまった。


 僕の心は次第に晴れていった。濃い霧の中で方向を見失ってもがいていた。そこに一筋の光が見えた。サッカーは好きだ! これだけは絶対に譲らない。だけど僕自身がプロになって上を目指すのはやめた。別の方法で、みんなと一緒にサッカーを楽しむ。それが僕の歩む道だと決めた。


「僕、お前らの代理人になるよ」

「……そうか」

「お前らの道を一緒に行く。だけどプレイはしない。弟妹おまえたち全員に最高の道を探してやる」

「おう、そうか。凡平になら安心して任せられる。頼むよ」

「任せろ!」


 僕は玲人と固く握手をして別れた。


 その玲人が選んだクラブとは、3部のタイガーアイ喜多方ユナイテッド。慢性的な得点力不足に悩んでおり、9番を背負うイエスマイラブ、司令塔の天田らと組める選手を探していたとか。天皇杯で喜多方相手に得点を挙げた玲人を、即戦力として考えていたらしい。年俸は200万。決して高くはないが、生活環境と、出場機会を確約されたのが決め手。


 1年目は途中出場、途中交代が多かった。2年目にレギュラーを掴むと、フル出場が増えた。

 契約満了。代理人として契約更新に臨んだ僕は、残留を望む玲人、慰留の意向を固めていたチーム、両者の希望が合致したところで2年の契約延長と年俸アップを取り付けた。

 3年目。イエスマイラブが奈良アメジストへ移籍、玲人は代わってエースナンバー9を背負った。3部得点王に輝くとともにチームも2部へと昇格。契約途中ではあったが更なる年俸アップを要求、クラブ側もこれを了承。2部では少し苦しんだものの、何とか残留を果たした。

 2度目の契約更新。玲人はクラブに愛着が沸いたとの事で第一希望は残留。以前、僕らにオファーを出してくれた上尾から、年俸1000万円での再オファーもあった。タイガーアイは600万。2倍近い金額差に、僕と玲人は膝を突き合わせて相談した。上尾は攻撃陣がそれなりに充実していて、出場が約束されていない。出場機会を優先させ、残留を決断。


 玲人は今もタイガーアイでJ2を舞台に戦っている。

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