02 二十歳の誕生日に

 2000年に生まれた僕が高卒で就職したのだから、2018年になる。大学には全く行こうと思わなかった。金銭的な話ではない。高校を卒業する頃には、僕の家が大金持ちなのだと分かっていたからだ。父も働かず、母も働かず、それなのにお金も土地もいっぱいあった。欲しい物は何でも買い与えられ、欲しいと思った物が貰えなかった試しなど皆無であった。そのせいか、僕は物欲というものを全く持ち合わせていない。欲しくて手に入れられなかったのは、高校サッカー選手権のタイトルぐらいなもの。

 それでは何故大学に進まなかったのかと言うと、自分でもよく分からない。勉強自体は嫌いではないし、大学でサッカーをやるという選択肢もあった。玲人ともそんな話を何度かした。燃え尽きた、というほどサッカーに対する情熱を失ったわけでもない。


 祖父のものか父のものかは知らないが、一族の所有する土地に建つ近所の工場がある。無添加健康飲料の工場で、その土地の賃貸料金が莫大な収入の一つだったのかも知れない。その工場敷地には、普段は門が閉まっていて入れないが、僕はいつでも入れて貰えた。大きな体育館が一つ。野球場が二面、サッカー場が四面、テニスコートも四面。全て天然芝で整備が行き届いていた。工場で働く人の福利厚生用施設らしい。従業員宿舎の近くには売店と食堂もあり、四ケタを超す従業員が日曜日や夜になると集まっている。

 家にいる時間の短かった父との数少ない幼少期の思い出は、このグラウンドでスポーツに興じた事だ。思えばサッカー好きになったのも、その頃の経験が影響しているような気がする。野球、サッカー、テニス。一通り遊んだが、今でも好きでやっているスポーツはサッカーだけである。

 少し話が回り道をしたが、高校卒業して就職した後も、玲人と休日にこのグラウンドでサッカーをやった。ごくたまにだが、高校時代の仲間を呼んでプチサッカーに興じる事もあった。2チーム分22人のメンバーは簡単には集まらないので、8対8だったり、5対5のフットサルになったりもするが、みんなで汗を流した。だからサッカーに対する情熱を完全に失ったわけではない、というのは分かって貰えただろうか。


 僕が二十歳の誕生日を迎える年になった。2020年の1月。この年、僕の運命は大きく変わった。


 僕の母は、4人の内縁の妻の中で、正妻として認識されていた。4人の妻の中で一番の格上である。1年を3つに区切った、1月から4月、5月から8月、9月から12月。この区間のうち1か月ずつ、父は4人の妻の誰かの家を回る。均等に、順番にだ。その中で僕の母親は常に1番目だ。他の妻の元に行く順番は決まっていないが、僕の母の所に来るのは1月、5月、9月と決まっている。つまり、僕の誕生日には父が必ず家にいるという事だ。毎年誕生日は盛大に祝って貰った。逆に同じ誕生月である玲人の家には絶対にいないので、玲人は僕と違って父に誕生日を祝って貰った試しがない。だから僕はいつも玲人に申し訳ない気持ちになる。一緒に祝ってくれたらいいのにと、何度か母に言ったのだが、「それは駄目なの」という返答だった。

 2020年の誕生日は、いつもとは少し違う、ただならぬ雰囲気を感じていた。それが成人のお祝いだからなのか? 特別な何かがあるような……そしてその直感は正しかった。

「凡平。ちょっと来なさい」夕食の前、風呂上がりの僕は父に呼ばれ、普段使っていない離れの一室に向った。あまり口数の多い父ではない。特に近年は話す事もなかった。共通の話題なんて何一つ持ち合わせていない。気まずい。

「お前に大事な話があるんだ。これはお前のお爺ちゃんにも関連する話だ」そう切り出した父の話は、このような内容であった。


 武田家の家系には一子相伝の秘密がある。長男が二十歳の誕生日を過ぎると顕現する、ある不思議な能力。

 祖父はその能力を使い、巨万の富を築いたという。父はその能力を使い、理想のハーレムを築いたという。そして僕。この能力をどう使うのかはお前の自由だと言われた。その能力とは……


 自分の思う通りの人間を4人まで生み出せる能力。


 人種も、顔も、性別も、性格も、背格好も、能力も。全てが思いのままだという。「信じられないか? 無理もない。オレ自身も使ってみるまでは分からなかったからな」二十歳の誕生日になるまで、この能力の話をしてはいけないという決まりがあるらしい。そして、この能力は一子相伝の長男だけにしか知られてはいけない、とも。その禁忌を破った時、全ての能力は失われ、今まで積み上げてきたもの全てが夢幻であったかのように消え去ってしまうという。試した事はないから本当かどうかは分からないが、そんなリスクを背負ってまで試したいとは思わない。父はそう言った。「もしこの能力を失えば、凡平、お前の存在まで危うくなる。何しろお前の母親こそが、この能力の産物なのだから」……と。

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