僕のサッカー日誌2020 ~高校サッカーレベルの僕だけど、本気で天皇杯優勝を目指す。~

武藤勇城

第一部 埼玉県予選

01 平凡な家庭に

 僕の名前は武田凡平たけだなみひら。ごくごく平凡な家庭に生まれた子供だ。


 ……と、思っていた。小学校の頃までは。

 自分の家庭が普通ではないと気付いたのは、小学校の高学年になってから。「父親の職業は?」と聞かれて、僕は答えられなかった。父親というものは仕事をするのが当たり前だ、なんて知りもしなかった。何しろ僕の父親は、4か月のうち1か月だけ我が家にいて、残りの3か月は3人の内縁の妻の家を回る、というヒモ生活をしていたからだ。そして、父親とはそういうものなのだと、ずっと思っていた。

 それも思い違いだったと気付いたのは、それから更に数年の後、高校生になってからだった。うちの父はヒモ男なんだと、4人の妻にカネを貢がせているのだと思い込んでいたが、どうやらそれも間違いだったらしい。そういえば母親が働いている姿も見た覚えがない。家に帰れば必ず玄関まで出迎えてくれて、毎日3食きちんと手料理を作ってくれる。働いている時間などなかったはずだ。そうなると、我が家の家計はどうなっているのだろうか? 学校の先生は複雑な事情を察して、あまり難しい事は言わなかったし聞かなかった。僕自身もあまり考えないようにしていた。もしかして生活保護だろうか?


 僕には腹違いの兄弟が沢山いて、特に僕と2日違いで生まれた異母兄弟、玲人れいじとは仲が良かった。僕と玲人の母親同士も仲が良く、父が他の妻の元へ行っている間、僕たちの家庭は常に交流があった。夕飯を一緒に食べる機会も多かったし、家族ぐるみで出掛けたりもした。特に地元のプロサッカーチーム『さいたまロイヤルサファイアズ』の試合は、幼少期より毎週のように観戦に行っていた。

 最初にサッカーに興味を持ったのはいつだっただろうか? 幼稚園の頃か。小学校に上がってからか。よく覚えていない。ただ玲人と一緒に、どちらかの母親の車で観戦に行っていたのはよく覚えている。2006年から07年にかけての黄金期、エメウソン、オッカーノ、ワルシンドン、外国人トリオの活躍によってリーグ戦とアジアチャンピオンズリーグを制覇した年はよく覚えているので、僕と玲人が6歳から7歳になる頃、つまり小学校に上がる頃には見ていたのだと思う。

 僕と玲人は2日違いで僕がお兄さんだ。でも本当は玲人がお兄さんになる予定だった。出産予定日は玲人が2000年の1月4日ごろ。僕が同月9日ごろと言われていた。玲人の方は出産が早まれば2000年になる前、もしくはちょうど2000年になった日に生まれるかも知れないね、などと言われていたらしい。しかし実際には難産で予定を一週間も過ぎたため、帝王切開によって取り出された。その時期に母親同士、同じ病院で励まし合ったのが仲良くなる契機だったと聞いている。


 さいたまロイヤルサファイアズのジュニアユースに入りたかったのだが、家から通える距離ではなかった。母は「入りたいなら引っ越してもいいよ」と言ってくれたが、そこまでする気はなく、地元のサッカー少年団に入った。もちろん玲人も一緒だ。僕がエメウソン、玲人がオッカーノの真似をして、夜暗くなるまで小学校や公園でボールを蹴っていた。

 僕らは高校も同じところを選んだ。そこまでサッカーが強い高校ではないが、自宅から近く、高校選手権の優勝経験もある古豪だ。僕ら2人の力があれば、高校選手権に出て優勝するのも夢ではない。サッカー少年団や中学校の部活で常にチームを勝たせてきた僕らは、そんな自信でいっぱいだった。

 しかし現実はそんなに甘くはない。僕らが試合で活躍するのにも限度があった。そこらの高校生にサッカーで負ける気はない。自慢じゃないが、プロのスカウトにも話を聞かせてくれと声を掛けられるぐらいだから、僕らのプレーは光っていたんだと思う。それでも県予選を勝ち抜くのは無理だった。3年間の高校生活は充実していたが、ただの一度も全国大会に進めないまま。プロ入りの声も掛からず。僕と玲人は別々の進路を選び、次第に会える時間も減っていった。


 もう少しだけ、家庭の話をしようと思う。

 子供の頃からずっと不思議だった事があった。我が家には謎の外国人がよく来ていた。その外国人は子供だった僕らに言葉を教えてくれた家庭教師の先生でもある。ブラジル人とフランス人とトルコ人とロシア人の4人。そのおかげで日常会話ぐらいなら問題なく出来る、5か国語のバイリンガルになった。いやバイリンガルじゃないな。5か国語というのはペンタリンガルなどと呼ぶらしい。英語は得意じゃないんだ。済まんね。

 驚くべきは、それらの家庭教師たちが何の伝手か知らないけれども、ある日プロのサッカー選手を自宅に招待してくれて、サッカーの個人レッスンまで受けさせてくれた事だ。引退したエメウソンにも会って直接指導を受けた。サイン入りのユニフォームは、記念の写真と一緒に部屋に飾ってある。玲人の部屋にも同じものがあるのは言うまでもないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る