33 大苦戦に
9月に入った。日中は30度、夜でも25度を超す熱帯夜が続く。父は我が家に帰って来て、栗岡も何故かまだ家に泊まり込んでいる。「うちの子みたいね。もうお嫁さんになっちゃえば?」母はそう言って笑った。最初は栗岡を見て驚いた表情を浮かべた父も3日ほどで慣れた様子。栗岡は持ち前の人懐っこさを発揮して、父ともすぐ打ち解けていた。
人数が集まる週末は守備練習に加えて中盤のパス回しにも時間を割いた。と言っても無駄に繋ぐサッカーはしない。しないというより出来ない。ボールポゼッションしようとしても、僕たちの力ではどこかで必ずミスが出てしまう。
基礎的なフィジカルやアスリート能力だけなら、プロのサッカー選手ともそれなりに渡り合える。例えばプロが全員、100メートルを10秒台で走れるわけではないし、フルマラソンを2時間ちょっとで完走できるわけでもない。大学生に可能な事でも、プロが必ずしも出来るわけではない。だけどボールを扱う技術においては、間違いなく一般の大学生ではプロサッカー選手に及ばない。チーム結束から僅か1年弱。ちょっとやそっとの練習で、プロの技術に追い付こうなどという考えは傲慢というものだ。だから技術面は捨てる。それでも勝つために出来る事をする。それが僕と栗岡の出した結論である。
「パスはもっと強く! そんなんじゃ通らねえぞ!」
「パスを出したら動け! パス・アンド・ゴーだ!」
「足を止めるな! 間、間でパスを受けるんだよ!」
鬼教官と化した医師が、みんなを徹底的にしごき上げた。ビデオチェックしながら、ここはもっと緩急をつけてリズムを変えるべきだとか、このパスにはメッセージが込められている、後ろから敵が来ているからやや短めにしたのだと、討論を繰り返した。
9月22日。火曜祝日。迎えた天皇杯7回戦。ベスト16。会場は千葉県ひたちスタジアム。1万5千人収容の会場は、やや空席がある程度、1万人以上の大観衆が集まった。最近曇りの日が続いていたが、今日はよく晴れた。気温も26度まで上昇。残暑が厳しい。
対戦相手は我孫子インペリアルトパーズ。J1で旋風を巻き起こしている怪物FWフォルンガ率いるチームである。目下得点王を独走中のケニア人選手は、日本人には対処不可能なほどの
玲人 真壁
田所 與範
葉鳥 伊良部
凡平
医師 蔵島 野元
野心
サブ:FW 古賀 MF 市原 海老沢 DF 佐藤 上野 GK 中条
マネージャー:栗岡りんね
天狗になった佐藤はこの日もスタメン落ち。前の試合でスタメンだった右SBの椋也を野元に変更。上野ではなく本職CBの野元を選んだのは、フォルンガの他に警戒すべき高坂をマークさせるためである。僕はやや高めのポジションで、変形の3バックに近い形。
結果から言えば、この試合は大苦戦になった。大方の予想通り点の取り合いである。フォルンガには医師がマンマークに付いたが、それでも抑えきるのは難しかった。医師もパワーや高さでは負けない。しかしフォルンガのスピードは反則だ。「あれは『フォルンガ禁止』とルールブックに書いてない限り止められねえ」と、医師は試合後に語った。
そのフォルンガに前半のうちに2点を奪われた。GK野心の好セーブと、ゴールマウスの中に入った医師の必死のクリアがなければ、あと2点か3点奪われていてもおかしくなかった。何とか2点で抑えきったのは、イエローカードを貰ってでも高坂を自由にさせなかった野元の功績も大きい。
一方、僕たちキュー武も黙ってやられてばかりではない。前半のうちに、僕のクロスから與範がジャンピングボレーで1点を返すと、後半にも與範が個人技で同点ゴールを奪う。試合終了が迫る中、右サイドで粘った真壁が倒されて得たFKのチャンス。強烈なヘッドで決勝点を奪ったのは、やはり医師だった。
残り時間、我孫子の猛攻を全員守備で耐えきった僕たちキュー武。3-2の勝利でベスト8へとコマを進めた。
試合後、野心と医師に「ナイスセーブ!」「ナイスクリア!」と、声を掛ける。野心はニッコリ笑って「いえいえ、皆さんのおかげです」謙虚だったが、医師は違った。厳しい表情で訓示する。「野心が最後の砦だと思ってんだろ? それは違うぜ。キーパーが飛び出した時にゃ代わりにDFがゴールマウスを守ってやるもんだ。最後の砦ってのはなぁ、一番後ろにいる選手だ。それがGKとは限らねえ」実際その通りに失点を防いでみせた医師の言葉には重みがあった。
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