34 まだ1年も経たないのに

『初出場! キュービックジルコニアTAKEDA ベスト8進出の快挙!』

 翌日のたま新には、大見出しと共に半面を使った僕たちの大特集記事が掲載された。以前のインタビューを基にしたメンバー紹介は全員顔写真付き。「もう見た?」メンバーに連絡すると、既知の事実で「たま新に乗り換えた」そんな話をするメンバーも。

 次の試合は11月末。2か月先だ。その間、テレビ中継の影響もあって、ほとんど話した事がなかった友人も増えた (笑) 正直、今はサッカーに集中したい。そう言って母にはなるべく、そういう知人から連絡があっても取り次がないで欲しいと伝えた。他のメンバーにも連絡してくる人が増えたらしい。メンバー共通の悩みである。一方で「彼女が出来た」と、浮かれているのは健一。うんそうか。本人が喜んでいるなら何も言うまい。


 準決勝が3日後に迫った11月25日。僕はふと『サッカー日誌』を冒頭から読み返していた。普段は古いページをめくる事はない。何故読む気になったのだろう? それは天の思し召しとしか言えない。


『武田家の家系には一子相伝の秘密がある。』

『自分の思う通りの人間を4人まで生み出せる能力。』


 なん……だと……?

 野心、與範、医師を……僕が生み出した!?


 そうだ。何故忘れてしまっていたのだろう。今年1月。まだ1年も経たないのに、その事をすっかり失念していた! 日記を書き始めた理由も、あと一人生み出せる事も思い出した。残り3試合。ここに来て、このタイミングで思い出せたのは、まさに天祐だった。ここ数か月、記憶が混濁し、気分が悪くなる事が幾度となくあった。そうか……これが原因か!

 日記を読み返し色々と考えるうち、一つの疑問が湧いてきた。僅か1年にも満たない間に、僕はこの能力の事をすっかり忘れてしまっていた。それならば何故、父は僕が生まれてから20年も経ったあの日、その事を覚えていたのだろう?


 この疑問の答えを知っているのは父だけだ。父は今、玲人の所にいる。話を聞きに行くしかないだろう。そう思い立った僕は『サッカー日誌』を手に父の元へ向かった。ややもすれば忘れてしまいそうな、ぼんやりとした過去の記憶。日誌を持っているので大丈夫だと思いつつ、「野心、與範、医師。野心、與範、医師……」ブツブツ呟きながら電車に乗っていた僕を、他の乗客が不審そうな目で見た。


「父さん! 聞きたい事があるんだ」

「?」

「天啓について」

「天啓?」

 やはり覚えていない様子。持って来たサッカー日誌を父にも読ませると、父は驚愕の表情を浮かべた。

「記憶は次第に薄れ、なくなってしまう。そう言ったよね? 僕の二十歳の誕生日に、何故その事を覚えていたの?」

「そう言われれば……少し思い出してきたぞ。そうだ、お前の誕生日の直前、年明け頃だったか。ふと思い出したんだ。能力の事も。祖父の事も。お前や玲人の母親の事も……ずっと忘れていたのに、あの時だけ妙にハッキリと記憶が甦った」

 必要な時にだけ記憶が戻る。そういう風に出来ているのか? それはあまりにも都合の良い解釈だったが、そもそも人間を生み出す能力などというものが常識では考えられない。そういうものなのだと、思うしかなかった。


 家に戻った僕は、最後の助っ人選びに頭を悩ませた。ベスト8、決戦の日まであと3日。時間がない。食事の間も、夜横になってからも。ずっと考えたが、良い人選は思い付かなかった。

 そして迎えた運命の日。11月26日早朝。パソコンを立ち上げネットを開く。そこに驚くべきニュースがあった。


『2020年11月25日 神の子 伝説的な選手 60歳で死去』


 なん……だと……!?


 その時感じた衝撃は、僕が野心らを生み出したと知った、それと同等以上であった。アルゼンチン史上最高のレジェンド、チィエコ・マラドンナ。伝説の男が昨日、この世を去ったという。それは僕がふと思い立って日記を読み、天啓について思い出したのと、ほぼ同時刻であった。まさに神の導き。4人目の助っ人は決まった。

 各種設定を行う。と言っても、ほとんど変える事はない。名前年齢性格血縁……その時ふと一つの項目が目についた。『性別』である。ちょっとした悪戯心だった。まさか性別を変えても、能力値に一切変化がないなんて! 何度見返しても性別を変えた事による変化が見られない。女性に変えても、あの伝説の英雄マラドンナそのものが生み出せるなど、予想だにしなかった。


 七色の光の中から現れたのは、身長165センチ69キロ、丸太のような太ももをした若干15歳の少女。顔立ちはマラドンナをそのまま女性に変えたような、おばちゃん顔である。ツンデレ設定の妹、神子みこを「サッカーしようぜ!」磯野ぉ~野球しようぜ、みたいに誘ってみた。「は? やるわけないじゃん」そう言いながらもサッカーシューズを取り出す。「ま、まあ暇だし? ダイエット代わりに付き合ってあげても良いんだからねッ!」どうやらオッケーのようだ。

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