35 五人抜きドリブルで先制に
11月28日。土曜日。晴れ。気温17度。天皇杯ベスト8はサッカー日和になった。J2から唯一勝ち上がったTOKYOベリルのホーム、味友スタジアムは5万人収容の巨大サッカー場。ベリルにとっては久々の大舞台とあって、満員に近い観衆が集まった。試合前から大歓声が響き、ピッチ上で味方の声も聞こえないほどである。
ベリルは近年、トップリーグに上がれず苦しんでいるが、元々はオリジナル10と呼ばれる、Jリーグ創設時の最古参チームの一つで人気は高い。現在J1昇格を目指し積極補強を進めていて、戦力的にはJ1のチームと比べても遜色ない。それどころか優勝争いに加わってもおかしくないほど。J2のリーグ戦は全日程が終了し、ベリルの今日のスタメンはほぼフルメンバー。基本フォーメーションは4-4-2。
ビルマル
元日本代表戦士の名前がずらりと並ぶ。特にFW丹浦は代表通算ゴール数が歴代2位という日本サッカー界のレジェンド。ブラジルからの帰化選手、塁は元代表のナンバー10を背負っていた選手だし、南谷は代表の中盤を支えた抜群の運動量を誇るボランチ。DFの中心キャプテン壁山は代表でもキャプテンを務めた闘将。皆ベテランでスタミナやスピード面に不安はあるが、経験、実績、技術はリーグ屈指。
助っ人外国人も豪華だ。3人の外国人は全員ブラジル人で、代表にも選ばれるほどの実力者揃い。本当に、これだけのメンバーが揃って、なぜJ2にいるのだろう? 対する僕たちキュー武のスタメンは以下。
玲人 與範
神子 田所
葉鳥 伊良部
凡平 佐藤
蔵島 医師
野心
サブ:FW 古賀 真壁 MF 市原 海老沢 DF 上野 野元 GK 中条
マネージャー:栗岡りんね
ここまで温存してきた神子をいよいよ投入する。……いや違うぞ? あれ? ……そうだ! 神子は僕が作った……作った? 僕は一体何を言っているのだ?
そうそう、思い出した。『彼を知り己を知れば百戦して危うからず』だ。埼玉予選初戦の後だったか、みんなで話し合って決めたんだ。傍から見れば人数合わせで入っているような、弱冠15歳の紅一点。登録メンバー18人の穴埋め。それが実は秘密兵器だったなど誰に予想できるだろう? そんな訳で、最低でもベスト32、可能ならばもっと先まで温存しようと、みんなで話して決めた事じゃないか! そうして迎えたベスト8のこの試合、満を持しての投入となった。
結論を言えば、この作戦は大成功だった。身長165センチ。女の子としては大柄だが、サッカー選手としては小柄。そんな女の子がピッチに立つと、観衆は沸いたが、ベリルの面々はやや不満な顔を見せたり、侮るような目線や、
キックオフ直前。センターサークル近くに集まると、「目にもの見せてやろうぜ!」「絶対に勝つぞ!」「おおっ!」否が応でも気合がこもった。そして試合が始まるとすぐにベリルの選手の眼の色が変わる事になる。
ファーストプレー。ボールを持った神子に対し、後ろから密着するように迫るベリルの塁。それを嘲笑うかのようにボールを動かす神子。相手の手も足も出ない、最高の位置にボールを置いた。日本を代表する塁が、ボールはおろか、神子自身に触れる事さえできない。呆然とする塁を横目に神子のドリブルが始まった。2人、3人……体の向きと重心の変化だけでベリルの包囲網を次々に突破する。まるで足にボールが吸い付いているかのような完璧なコントロール。
「おいおい、女の子だからって手加減してんなよ」見る目のない人からは、そんな声さえも聞こえてきそうだ。スルスルと一人で抜けていく神子。
1-0。開始早々、神子の五人抜きドリブルで先制に成功した。
その後も神子の勢いは止まらない。全くのノーマークだった15歳の女の子に、元日本代表、ブラジル代表の選手たちが翻弄される。神子は前半15分、強烈な左足ミドルで2点目を奪うと、そのまま前半だけでハットトリックを達成。
後半の立ち上がり、丹浦に1点を返されたものの、與範とスーパーサブ古賀の追加点でベリルを突き放した。終わってみれば5-1の大勝利である。
翌日、我が家でも定期購読を始めた『たま新』のみならず、以前から取っていた全国紙、その他の各種スポーツ紙も軒並み、一面の大見出しで大々的に神子の活躍を報じていたのは言うまでもないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます