36 初見で止めるなど不可能に
12月6日。日曜日。天皇杯準決勝。今週はずっと晴れが続き、この日も好天に恵まれた。気温15度。吹田スタジアムは超満員に膨れ上がった。対戦相手はガーネット堺。このチームもオリジナル10の一つで、長い歴史を持つ強豪クラブ。今シーズンさいサファ、パライバトルマリンに次ぐ、3位という好成績でリーグを終えた。ほぼベストメンバー。
何と言っても警戒すべきはムボッマ。このカメルーン人FWは、我孫子のフォルンガと、最終節まで得点王争いを繰り広げた怪物だ。中盤の底からゲームコントロールするチームの司令塔・蕪義は、日本代表の通算キャップ数が歴代最多という実績を持つ。高精度のキックが持ち味で、止めて蹴るという技術では誰にも負けないと、豪語する。共にボランチを組む麦先は、蕪義とは対照的にフィジカルで勝負するタイプ。激しいタックルと、空中戦の強さで中盤を制したと思えば、ダイナミックなオーバーラップから豪快なプレーで観客を魅了する。DFの中央を固めるブラジル人ジジは187センチの長身で、綺麗に剃り上げた坊主頭がトレードマーク。センターバックでもボランチでもプレー可能で、医師と似たタイプの選手。対する僕たちキュー武のスタメンは以下の通り。
與範
玲人 神子
凡平 佐藤
葉鳥 伊良部
医師 野元
蔵島
野心
サブ:FW 古賀 真壁 MF 市原 海老沢 田所 DF 上野 GK 中条
マネージャー:栗岡りんね
システムを3-4-3に変更。3バックの相手に対し、こちらも3枚のFWをぶつける。最も警戒すべきムボッマは医師に任せ、野元と蔵島で兎を見る。中盤は相手を自由にしても、両ゴール前で勝負をする。そして今回もこの作戦は成功した。
ダークホース神子はこの試合でも大暴れ。2ゴール2アシスト、実に全得点に絡む大活躍。幼い頃から見てきたから断言できるが、神子を初見で止めるなど不可能に近い。同年代の男子相手なら知らず、プロ相手にここまでというのは出来過ぎだが。その他、與範はこの試合でも1得点。終了間際には神子のCKから蔵島キャプテンが今大会初ゴールを挙げた。
守ってはムボッマを医師と野心のスーパーセーブで完封。もう一人の点取り屋、兎もキャプテンと野元が体を張った守備でシャットアウトした。セットプレーからジジに決められた1失点のみで乗り切った。
ボールは支配されたが、結果は4-1。快勝である。その代償として、兎を徹底マークしていた野元が、累積2枚目のイエローカードで決勝戦出場停止になってしまった。元々、パワーがあって簡単には競り負けない野元だ。それがあの夏の旅行以来、フィジカルトレーニングを重ね、更に一回り大きくなった。野元だけではない。他のメンバーも各々、フィジカル強化に努めた。ボールのないオフ・ザ・ボールの動きでは、決してプロにも引けを取らない。終盤運動量が落ちる事もなかった。
野元の今日のイエローはフィジカル強化が裏目に出た結果ではあるが、前の試合とこの試合、局面局面でプロ相手に競り負けず、全員がフィジカル強化の成果を感じていた。それがなければ、いくら秘密兵器の神子が加わったとは言え、ここまで戦えなかっただろうと、みな声を揃えた。
同時刻に行われた準決勝のもうひと試合。決勝まで勝ち上がったのは、今シーズンのリーグ戦を制した、さいサファである。これから行われるルパァ~ンカップの方も勝ち残っており、リーグ、カップ、天皇杯の三冠がかかっている。否が応でも士気は上がっているだろう。
翌日のたま新は、決勝進出を決めた無名チーム『キュー武』の中でも、更に無名だった『武田神子』について詳細に取り上げられていた。15歳の女の子がプロ相手に2試合で5得点2アシストの大活躍。その秘密を探ろうと、山崎記者は栗岡に接触して色々聞き出したようだ。
「なあ神子、太ももの
「は? 殺すぞ」
睨まれた。
「じゃあ他の質問。どうしてそんなに上手いんだ? やっぱ練習あるのみ?」
「そりゃ練習は裏切らないに決まってんじゃん。バカなの?」
「そうだけどさ……僕だって同じだけ練習してきたと思うんだ」
幼い頃から一緒にグラウンドを駆け回って、ボールを蹴った。それなのに神子の技術は次元が違う。それに本番でも、日本のトップチーム相手にここまで活躍できるなんて。
「神子ぐらい活躍するには体で覚えるしかないか~」
「は? バカなの? どんな優れた体も、鍛え上げた筋肉も、動かすのは心に決まってんじゃん。精神だよ。最後の最後にモノを言うのは気持ち! ハートが一番大事なの! 分かったぁ?」
最後に今年1月から始めた筋トレ。約1年、毎日欠かさず続けてきた。決勝前にその成果を書き残す。ランニングは25キロになってから距離を伸ばしていない。代わりに前日より1秒でも早く、を課題にしている。腹筋などは各360回。このメニューをこなすだけで毎日3時間以上を費やしている。
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