41 間合いが1メートルほどに

 前半開始早々にお互い1点ずつを取り合うと、その後も一進一退の攻防が続いた。


 前半の10分から15分。立て続けにさいサファの攻撃。10分、武藤と溝呂池による連携、ワンツーから最後は武藤のシュート。GK正面に近かったので野心は余裕をもってキャッチした。12分、僕とは逆サイド、キュー武の右サイド側からの攻撃。リスクを冒して前に出た木真里のドリブルは伊良部がストップしたが、こぼれ球を回収した原田が切り込んでミドル。枠の外、ボール3個分ほど外れたのを野心は見切って手を出さなかった。15分、黒木のスルーパスに反応したレオが医師と競り合いながらPAに侵入。医師が抑える間に野心が素早く飛び出し難を逃れた。

 かなり押し込まれる展開ではあるが、なるべくラインは高めに保持したい。ペナルティエリア手前まで押し上げなければ、常にエリア内で勝負されてしまう。そこでのファウルは即PK。一つのミスが命取りになるので、相手をPAから追い出すためにも、キャプテンの統率で最終ラインを細かく上げ下げする。しかし少しラインを上げれば、今度はサイドから攻め込んでくるのがさいサファ。右から攻めてきたと思えば次は中央突破、そして左を使って、また中央突破。左右中央と、バランスよく攻めて来る。出来ればどちらかのサイドに寄せて守りたい。そう思って左に選手を集めれば麻生が逆サイドに大きく展開し、慌てて逆に寄れば一度下げてサイドチェンジ。守備の網を絞らせない見事な試合運び。


 僕たちもやられっぱなしではない。サイドから攻めてくる関野のドリブルのクセは研究済みである。ちょん、ちょんと、ボールを二回触る。ここで対峙する僕との間合いが1メートルほどになった。(来る!)次のタッチで一気に抜け出そうとする関野。そのタイミングを見切って、僕は関野とボールの間に体を入れた。

 医師との練習を思い出す。「体を入れたらそのまま突っ立ってるんじゃねえ。棒立ちになると逆にオブストラクションの反則を取られちまう」関野が前に蹴り出したボールはゴールラインの方向へ転がっていく。絶妙なコントロールでゴールライン手前で止まりそうだ。関野の進行方向を右腕で遮りながら、左のタッチライン際に押しやるように競りつつボールを追う。

 関野が左腕を絡めて僕の体に押し付けてくる。そのまま押し倒す勢いで。だけど僕もこの1年間フィジカルを鍛えてきた。筋力でも走力でも簡単に負けるつもりはない。逆に右腕を広げるように関野の体をライン外へと押しやった。りんねがビデオを見ながら教えてくれた與範のプレー。関野と競りながらボールを追う僅かな時間に、顔を上げてゴール方向をチラッと確認した。GK野心は比較的フリーだが、レオが近くにいて危険だ。溝呂池をマークしているキャプテンが、僕と関野の競り合いをフォローするために、やや近くにポジションを取っている。溝呂池はその後ろ、キャプテンが僕側のサイドに数歩移動した分、やや遠い。そこまで一瞬で判断した。


「リターン!」声を掛けながら一度キャプテンにボールを預ける。素早く体勢を整えると、さいサファゴールへ向き直って足元を指さした。キャプテンは溝呂池を背負いながら、僕の預けたボールを利き足の右側へ丁寧に返してくれた。その軌道を見る前に、もう一度顔を上げて、逆サイドの最前線を確認する。さすが與範だ。絶好の位置にポジションを取っている。木真里の裏、センターライン手前の逆サイドタッチライン際。予定通りだ。それから足元のボールをしっかり見て、右足のインステップで強く叩く。僕の後ろにいる関野も、カバーに来た木々岐鬼も全く間に合わないタイミングであった。

 ダイレクトでの大きなサイドチェンジ。この時のために、何度も何度も練習してきた。「気負わず、力まず。大一番で普段通りの力を出せるかどうか。それを支えるのは練習。ひたすら反復練習あるのみです」野心の教え。木々岐鬼が大きく足を上げてブロックに来ている。そのプレッシャーを感じながらも、僕は練習通りのキックが出来たと思う。


 会心のキックだった。ボールの芯をしっかり捉えた感触。いつも通りだ。ボールの軌道を確認すると、大きくカーブしながら與範の前のスペースへ飛んで行った。それと同時にセンターラインを飛び出す與範。中央に残っていた2枚のDFのうち、キートが最短距離でそれを追う。中央からは神子が、左からは玲人が駆け上がり、麻生と黒木が慌てて戻る。カウンター。一時的に3対3の同数になった。先にボールに追いついた與範は、ワンタッチ目で大きく前に蹴り出すと、ライン際からゴール方向へ斜めに入っていく。GK東山もキートも届かない、絶妙のコントロールだ。東山は一瞬飛び出そうとしてから、追い付かないと判断したのか踏み止まった。代わりにキートが大きな歩幅でボールに迫る。それより一瞬早く、與範がボールをマイナス方向へと折り返した。

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