42 王者さいサファ相手に
與範の折り返しは、測ったように中央を駆け上がる神子の左足側へ。黒木がマークに付くが、1対1で神子を止められる者などいない。それはこれまでの試合で証明されている。黒木のチェックをものともしない力強いキープ。そのままPAに侵入するのを、麻生が決死のスライディングで阻もうとする。神子は黒木を背負っているとは信じられない軽快さで、ボールを一回左足の裏で引き、麻生のタイミングを外してから左へ流した。
逆サイドでフリーになった玲人。GK東山も飛び出す。玲人のシュート! 丁寧に転がしたシュートは、東山の足元を抜ける完璧なものだったと言って良いだろう。玲人もずっと、野心と医師を相手に練習を積んできたのだ。しかし! ここは日本代表のゴールを守る東山の方が一枚上手だった。驚異的な反応で左足を伸ばすと、つま先辺りに当たっただろうか、玲人のシュートは僅かにコースが変わり、ポスト右へボール1個分外れていった。
「今ので決めたかったなあ」近くにいたキャプテンは一言残して、CKのチャンスに上がっていく。キッカーは神子。左足で巻いたキックは、中央でキートと競りながら医師がヘディング。キートの寄せが厳しかったのだろう、ジャストミート出来なかった。
前半20分、22分には、さいサファのレオが立て続けにシュートを放った。いずれも医師がブロック。25分の溝呂池の突破は、僕とキャプテンが体を入れて凌いだ。26分の木々岐鬼のミドルは大きく枠を外れた。29分、原田のクロスからレオがヘッドを狙ったが、野心がしっかりキャッチ。30分、関野の突破は僕が防いだが、こぼれ球を木々岐鬼が放り込み、更に中央で競り合ってこぼた所を原田がシュート。佐藤に当たった跳ね返りを木真里が拾ってもう一度シュート。医師に当たってCKになった。そのCKから木真里が強烈なヘディングシュートを放つも、野心がセーブ。続く逆サイドからのCKは流れた。
35分まで、息を吐く間もなく攻め立てられた。それでも僕たちは前線に3枚残したままだ。神子が少し下がってくればボールを回収できるかも知れないが、その分ゴールに迫る機会が減ってしまう。ワンチャンスをものにするためにも、神子には下がる事を禁じた。もちろん與範と玲人もだ。
38分、ようやくチャンスが巡ってきた。マイボールで少し繋ぐ時間が出来た。ラインを押し上げる。医師からのタテパスを受けた神子が見事なターンで麻生をかわし、黒木が寄せて来る前に斜め左前方にドリブルのコースを取る。フォローに行った僕の前にパスが来た。縦に運ぶコースが空いている。ライン際を駆け上がると、前に立ち塞がったのは木々岐鬼。サイドで1対1。ここは勝負だ!
細かいテクニックで抜いていく技術は僕にはない。ここは1年間鍛え上げたフィジカルで勝負するしかない。スピード勝負だ。タイミングを計ってボールを前に蹴り出し、一気にスピードに乗って突破。これは関野のドリブルの応用とも言える。基本的な抜き方は関野のそれと同じだ。そのままゴールライン際から、左足でクロスを上げようと試みる。……も、木々岐鬼に追い付かれてブロックされてしまった。
続くCK。神子の正確なキックは医師にドンピシャで合った。キートの前に入った医師が、先にジャンプして打点の高いヘッドを叩き付ける。これが見事に決まり、僕たちは逆転に成功した。
2-1。あの王者さいサファ相手に、僕たちがリードしている……だと……!? ヤバい。心が浮つく。満員のスタジアムの大歓声が、どこか遠くで響いている。まだ勝ったわけじゃない。試合は終わっていない。深呼吸して気持ちを落ち着かせる。平常心だ。平常心!
43分。黒木のミドルは正確に枠の右上隅を捉えていたが、野心が何とか弾いた。続くCK、お返しとばかりのキートのヘッドは野心も届かず。やられた! と、思ったがポストに当たって跳ね返った。僕の足元に転がってきたボールをゴールライン方向に蹴り出す。可能ならタッチラインに逃げたかったが、混戦状態なのでリスクを避けた。続く逆サイドからのCK。今度は麻生のヘッド。葉鳥が完全にマークを外してしまっていた。フリーで打たれた。しかしこれにも野心が反応、長い腕を目いっぱい伸ばすと、左の指先でコースを変えて枠の外へと弾いた。もう一度CK。今度はマークを外さないよう、みんな声を掛け合う。黒木のライナー性のキックが逆サイドに飛ぶ。後ろからフリーで駆け上がった武藤がPA外からダイレクトボレーで狙うも、大きく枠を逸れた。
2-1。まさか、僕たちがリードした状態で折り返せるなんて!
ボール支配率はキュー武が23パーセント、さいサファが77パーセント。シュート数はキュー武4本に対し、さいサファが16本。枠内シュートはそれぞれ3本と6本だった。
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