09 問題は登録の際に

 みんなと別れた翌日の夜。蔵島キャプテンから連絡があった。緊急の用件だという。「えっ!? 何があった?」焦って訊ねる。


「それがな。登録に際してチーム名が必要だったんだよ」

「……は?」

「だーかーらー。チーム名だよチーム名」

「……えっと?」

「それを決めてくれって言ってるんだが?」

「僕が?」

「そりゃだってお前が言い出しっぺじゃないか」

「そうだけど……勝手に決めていいのかな?」

「一応、連絡できる限り確認取ったけど、みんな問題ないってさ。任せる。って返事ばかりだった」

「少し考えても良いかな?」

「もちろん。登録の締め切りは月末だから時間はある。取り敢えず来週か再来週、また集まろう。その時に」


 その日はそれだけで電話を切った。チーム名、名前か……以前みんなでサッカーをやっていた時は高校の名前だったから、こんな事で頭を悩ませる必要なんてなかった。社会人になるとこういう問題もあるものだなと、思うと同時に、さてどうしたものかと。夜な夜な考えた。

 初めは僕や玲人、それに自分と双子という設定の野心らの誕生日がある1月の誕生石『ガーネット』を名前に入れようかと思った。しかし、この名前を冠したプロチームは既にある。大阪は堺に本拠地を置く『ガーネット堺』である。浪花のクロヒョウの異名を持つパトリック・ムボッマがエースとしてチームをけん引している。昨シーズン2部リーグで得点王争いをしていた怪物FWフォルンガ (我孫子インペリアルトパーズ)と共に、今シーズンのリーグ得点王争い最有力候補である。そんなわけで『ガーネット』を使う案は即座に却下した。

 日本のサッカーチームは、チーム名に宝石の名前を入れるのが慣例である。ほとんどの宝石の名前は既に使われてしまっていた。アマチュアチームである僕たちがその慣例に従う必要はないのだが、僕としては取り入れたい。そう思って色々と候補を探した。そして僕たちにピッタリの宝石を見付けた。


 キュービックジルコニア。


 それは人工的に生み出された宝石。人造石である。宝石というのは、言ってしまえばただの炭素の塊だ。それが地中で形成される間に、周囲の鉱物や環境などで様々に変化する。その最高峰がダイヤモンドだというのは誰もが知っているだろう。最高硬度10を持つ天然石はこれただ一つ。炭素が最大限凝縮された物質である。そのダイヤモンドと全く同じ結晶構造を模倣して、人工的に作られるのがキュービックジルコニアだ。輝きも硬度も本物のダイヤモンドと何一つ変わらない。ただ天然物であるか人工的に作った物か、その違いだけだ。僕が生み出した伝説の人物は、まさにキュービックジルコニアだと思えた。


『キュービックジルコニアTAKEDA』


 宝石店の名前みたいだ。そう思いながらも、これで行こうと考えた。あとは蔵島キャプテンと、他の仲間が同意してくれるかどうかだ。

 次の週末。再びみんなと練習のために集まった。キャプテンには電話で話しておいたが、他のみんなにはこの場でチーム名を告げた。「もう聞いてるよ」キャプテンが既に根回ししておいてくれたらしい。特に異論も出ず、チーム名が決定した。というより、キャプテンは既にこのチーム名で登録を済ませていた。さすが、早い。

 その日も翌週も、みっちり連携の確認やセットプレーを中心に練習を行った。高校時代のマネージャー、栗岡くりおかりんね女史も来てくれて、ビデオで練習の様子を撮影。夜は僕の家に集まってビデオを確認しながら、あれこれ議論した。


 2月に入ると、早くも天皇杯に向けた埼玉県予選が始まる。チームとしての完成度には不安もあるが、出来る事はやったつもりだ。2月の最初の土日はキャプテンの大学生チームとの練習試合も行った。サブ組が中心だが、レベルの高い大学で、大学チーム代表として天皇杯のトーナメント本戦に勝ち上がってくる可能性もある。もしキャプテンのチームが天皇杯本戦に出る事になったらどうなるのかと、疑問に思ったが「キュービックジルコニアTAKEDAを優先するよ。先生にも伝えてある」と、白い歯を見せた。

 30分×4本の変則マッチで行われた練習試合の結果は、1本目と2本目に野心がゴールを守っている間は無失点。2本目は野心以外の與範と医師が休みだったが、それでも無失点に抑える事が出来た。3本目と4本目は控えGKの中条健一なかじょうけんいちに代わり、それぞれ2失点と1失点だった。申し訳ないが、健一ではゴールを守り切るのは厳しい。本人もそれは分かっているようで「本戦では何かあれば出るけど、俺はベンチから精一杯応援するよ」汗を拭いながら言っていた。

 攻撃の方では、1本目と3本目に出場した與範がそれぞれ1得点を挙げ、合計2得点。それよりも4本中3本に出場した医師の方が合計得点は多く、3得点だった。医師の空中戦は貴重な得点源であると再認識した。僕自身は、玲人の得点をアシストしたものの、3本目で失点にも絡んでしまった。

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