10 世界のトップの力を目に

 2月の8日、土曜日。ここが天皇杯に向けた埼玉県予選の最初の試合になった。300を越える県予選参加チームの中から、本戦に出場できるのはただ1チームだけだ。最も学生チームは別枠で予選を行い、最終的に1チームに絞るので、一般/社会人として予選を戦うのは100チームほどになる。まずはこの中で1位にならなければ話にならない。

 今日、2月8日にひと試合やって、負ければ即敗退。勝ったチームは、抽選で1回戦シードだったチームを含め11日の祝日にもう一度試合を行い、更に半分がふるいにかけられる。この2日間で32チームに絞られる。僕たち『キュービックジルコニアTAKEDA』略称『キューたけ』は1回戦からの登場だった。


 相手は社会人のチーム。名前は聞いた事すらない。年齢もばらつきがあって、登録メンバー表を見ると40代までいる。何万円もの登録料を払って、思い出参加だろうか? そう言えば僕たちキュー武の参加費は、うちの父が全額負担してくれた。父の金は、全て祖父の稼いだ金なのだから、祖父が出してくれたのに等しいわけだ。以前、僕が興味津々の父を追い払った後、父は母から天皇杯参加の話を聞いたようだ。「金の心配は要らないから好きにやりなさい」いつも口癖のように言うセリフで、幼い頃はそんなセリフに憧憬の念を抱いたものだが、それが全て祖父の稼いだ金であるという事実を最近知った身としては、なんとも言えない情けなさも感じてしまう。もちろん、その言葉には甘えるわけで、僕も父の事を言えた義理ではないのだが……


 淡々と試合が消化されていく。僕たちの試合は14時からだ。午前9時、11時、午後14時の順なので、3試合目。この会場では今日、このあと16時と18時の試合も予定されていて、合計5試合が行われる。つまり5チームが脱落するのだ。他の会場でも同時進行で試合が行われ、同じようにふるい落とされていく。

 時間になった。延長戦はないので、ほぼ時間通りの進行だ。14時のキックオフに備えて13時半からピッチを使える。キュー武のメンバー16人とマネージャーもピッチに出て、芝の感触を確かめた。ケガをしないよう入念にストレッチを行って、軽くウォーミングアップ。午前中は気温零度近くで寒かったが、好天に恵まれて気温も上がっている。それは僕たちの行く先を暗示するかのような絶好のサッカー日和であった。

 相手チームもウォーミングアップを始めたが、見るからに素人の集まりである。動きは緩慢で足元のボール捌きも覚束ない。高校サッカーの部活レベルよりも更に一段落ちる。僕の目にはそう映った。初戦という事で、こちらの登録メンバーは現状のベストメンバーにしてある。僕、玲人、野心、與範、医師。これに蔵島キャプテンと高校の仲間5人を合わせて11人だ。フォーメーションは以下の通り。


  玲人  真壁まかべ

 市原いちはら    與範

  葉鳥はとり  医師

凡平      佐藤さとう

  蔵島  野元のもと

    野心


サブ:FW 古賀こが MF 田所たどころ 伊良部いらぶ DF 上野うえの GK 中条

マネージャー:栗岡りんね


 FWも出来る與範、DFも出来る医師だが、2人ともMFに配置。これで中盤を支配する作戦だ。みんなで集まって考えた。あまり無理をしないで勝ち抜いていくための作戦である。戦況に応じて作戦の変更も必要になるだろうが、第一戦目という事もありスタートはこれで様子を見ようと。

 結果から言えば、この試合は大勝利であった。前半だけで6対0。與範と医師を休ませた後半にも1点を追加し、合計スコア7対0であった。與範が圧巻のハットトリック。玲人、市原、医師、それに途中出場の古賀がそれぞれ1得点を挙げた。「與範。やっぱお前すげえなあ」と僕が褒めると、「アニキぃ~、そこまで言われると照れちゃうよぉ~」破顔一笑するのであった。


 今日はもう試合も終わったし、そのまま帰っても良かったのだが、少し他のチームの試合も見て行こうという話になった。夕方に行われた2試合とも観戦。今日戦った相手よりも明らかにレベルは上だったが、草サッカー、アマチュアの域を脱してはいない。やはり高校サッカーの方がレベルが上のように思う。そう感じたのは、もしかしたら最近、野心ら世界トップクラスの選手の動きを見続けていた所為せいなのかも知れない。それに目が慣れて、今までよりサッカーのレベルが低く感じている、という事なのかも知れない。とにかくこの予選の、特にこの場にいるチーム相手には、全く負ける気がしなかった。この自信は、高校サッカー選手権で優勝できるんだ、と頑なに信じていたあの頃の自信とは全然違う、確信めいたものがある。あの頃の自信は、言うなればただの世間知らずの愚か者のそれだ。だけど今は、世界のトップの力を目にし、それを体感した、その上で感じている自信であって、決して井の中の蛙が井戸の底でゲロゲロ鳴いているのとは違うのだと、そういう確信であった。

 そしてその感覚、自信というのは、僕以外のメンバーも等しく感じていたのだった。

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