11 勝ち過ぎないように
7対0の大勝から一夜。日曜日はゆっくり静養した。マネージャーやキャプテンとは電話で話す事もあったし、玲人らとは日曜日にも顔を合わせたが、なるべく疲労を回復させるために時間を割いた。母は脚や腰などをマッサージしてくれたし、疲労回復に良いとされる食材を使った料理を作ってくれた。サッカーより野球が好きな父は、1月中もあまり話す事はなく、2月になって玲人の家に行って、今は玲人や医師とひとつ屋根の下にいるが、やはりサッカーの話はあまりしないそうだ。
2日経った火曜日の祝日。2回戦。野心、與範と一緒に家を出て、玲人、医師と合流。そのまま電車で試合会場へと向かう。試合は午前中の2試合目、11時からだったが、10時前には会場に到着した。既にみんなユニフォーム姿で集まっていた。
「みんなに提案があるんだけど……」来る途中、玲人たちと話していた内容をみんなにも伝える。それは、予選ではあまり勝ち過ぎないように、というものだった。目標は優勝。それは決して届かない目標ではない。僕も玲人も、他3人も同じ考えである。であれば、この県予選はただの通過点だ。決勝トーナメントにシードで出て来るJリーグの強敵とは比較にならない程度の相手。本気で戦えば1回戦のように、いやそれ以上の点を取る事も可能だろう。しかしそれだと目立ち過ぎてしまう。もしJリーグの強豪と本気で戦えば、僕たちの勝率はいかほどのものか。絶対に勝てないとは思わないが、決して高くはないだろう。勝率3割あれば良い方か。
ただ、こちらにも有利な点がある。それは、僕らはJリーグのチームの選手も戦術も何もかも知っているが、相手はこちらの事を何一つ知らないだろう、という点である。孫子の兵法にも書いてある。『彼を知り己を知れば百戦して危うからず』と。自分の事、相手の事、その全てが分かっていれば戦って勝つのは難しくないというような意味だ。この言葉には続きがあって、『彼を知らずして己を知れば、一勝一敗す。彼を知らず己を知らざれば、必ず危うし』というものだ。相手の分析が出来ていない状態では勝敗の行方は分からず、相手どころか自分の事も分かっていないようでは到底勝ち目がない。そんな意味だ。
僕たちが相手を分析できるのは強みであって、相手がこちらを分析できないのも強みになる。『能ある鷹は爪を隠す』という言葉もある。予選ではなるべく、特に野心、與範、医師の3人は温存して力を抑えながら戦うのが良いのではないか。そういう話になったのだ。もちろん全力を出さずに敗退してしまっては何も意味がない。十分に勝てるというのが大前提になる。その上で勝ち過ぎず、なるべく目立たないように戦おうじゃないか―――。
メンバーはみな、この案に同意してくれた。「もしそれで負けるようならばキュー武はそこまでだ。到底優勝なんて出来やしない。3人の力をなるべく隠して、温存して、その上で勝ち上がってみせよう」そんなキャプテンの言葉にみんなの士気も上がった。今日の2回戦は、以下のようなスタメンに決まった。
玲人 真壁
市原 田所
葉鳥 伊良部
凡平 佐藤
蔵島 医師
中条
サブ:FW 古賀 MF 與範 DF 上野 野元 GK 野心
マネージャー:栗岡りんね
GKを野心から健一へ。與範は本来のチームの司令塔である田所と交代し、前の試合でボランチだった医師を最終ラインへ。代わりに伊良部が守備的な中盤を務める。これで前半を戦い、リードしているようならそのまま後半へ。同点か負けているようなら與範と、場合によっては野心も投入する。そういう作戦だ。
キックオフすると、やはり多少の苦戦になった。與範、医師が中盤にいた時と比べ、ボールが思うように回せず、チャンスも少ない。ただ最終ラインの医師がピンチの芽をことごとく摘み取っていったので、決定的なピンチも少なかった。典型的な塩試合というヤツだ。塩試合。つまり、しょっぱい試合、という意味である。チャンスも生まれず、ミスも多く、思うように試合を運べない。やはり與範や医師の力は大きいと再認識した。
前半はお互い無得点で終了。與範の投入も考えたが、もう少し様子を見る事になった。失点するか、後半の15分を目安に投入しようと。しかし與範の出番はなくなった。
後半の5分。蔵島キャプテンがクリアしたボールが僕のサイドへ転がってきた。ライン際でそれを拾うべく、相手選手も間合いを詰めてくる。タッチラインへ追い出すように体を寄せてきた。競り合いながらボールへ向かった僕は顔を上げて周りを確認する余裕がない。ここで下手に中にボールを戻せば、それを相手に拾われてピンチを招く。だからこういう場合、セーフティにタッチラインに逃げるのがセオリーである。
だけど僕は感じていた。見えなくても分かる。玲人なら、このタイミングで裏への抜け出しを狙っていると。頭の中にイメージが出来ていた。そしてそのイメージを玲人も共有していると信じていた。
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