05 自分だけが世界に

 僕自身の記憶は、以前のものから変わりはない。野心を生み出した時の記憶もあるし、野心が存在していなかった幼少期の事ももちろん覚えている。それなのに、野心自身には幼少期の記憶があって、他の第三者、今日会った守衛さんにも野心が幼かった日の記憶があるらしい。僕以外の、世界の記憶、世界の歴史が、全て上書きされてしまったという事なのだろうか……?


 心ここにあらず。野心と帰り道で何か話した気がするが、何一つ覚えていない。ただ帰宅した時、母親にも「凡平、野心、お帰りなさい。お昼ご飯食べる?」と聞かれたので、間違いなく母にも野心に関する記憶が備わっているものだと理解した。直接訊ねはしなかったが……

 心がモヤッとする。イマイチ腑に落ちない。自分だけが世界に取り残されてしまったかのような、底知れぬ不安。父や祖父が能力を使った時にも、同じ感覚を味わったのだろうか? もし訊ねるのならば、母や第三者の知り合いではなく、父に聞くしかないだろう。


「ねえ父さんは?」

「今日は少し出かけて来るって言ってたわ。お昼過ぎには戻るって。ご飯先に食べてていいそうよ」

「そうじゃなくっ……そっか、じゃあ先に食べよ。今日のお昼は何?」


 食事の後、父が帰ってくる前に、僕は高校時代の仲間たちと連絡を取った。忘年会でサッカー部の元メンバーほぼ全員に会ったばかりだったが、新年の挨拶だと言ったらみな納得した。話題はもちろん野心についてだ。やはり全員が野心の事を知っていた。同じ高校のクラスメートで、同じチームでサッカーをしていたらしい。そう言われるとそんな気がしてくるから不思議なものだ。

 そして新たな疑問が湧き上がってきた。野心は間違いなく、伝説のゴールキーパーと同等の力を持っている。ハッキリ言って高校生のレベルではない。高校生 FWフォワードが野心の守るゴールを簡単に破れるとは思わない。それなのに僕らのチームは、高校サッカーの県予選で敗退している。その歴史は変わっていないのだ。なぜ野心がいて敗退したのだろう? そんな疑問をチームメイトにぶつけると、「お前、もう忘れちゃったのかよ? ボケてんじゃない?」などと揶揄されてしまった。ひとしきり笑われた後、真面目な声で教えてくれたのは、「野心って本当に運がないよな」という話であった。


 僕と玲人、それに野心の3人は、1年生ながらレギュラーを掴んだ。中学までFWか攻撃的なMFミッドフィールダーをやっていた僕は、高校でSBサイドバックに転向した。右利きだけど左足でも高い精度のキックが蹴れた僕は、左サイドからクロスを上げて、それを玲人が決めるという得点パターンを確立。玲人と僕のコンビネーションはまさに阿吽の呼吸。玲人が欲しいタイミングも、僕がパスを出すタイミングも、お互いに知り尽くしている。アーリークロス、サイドを深く抉ってのクロス、裏へのロビング、中央に切り込むと見せてのスルーパス……どれも決定的なチャンスになる。そしてそれを玲人が落ち着いて決める。僕の記憶が正しければ、そうやって県予選でも得点を積み重ねていったが、それ以上に失点が嵩み、涙を呑む結果になったはずだ。

 高校1年の年。野心は足首を捻挫して予選には1試合も出られなかったという。高校2年の年。野心は酷い熱を出して県予選1回戦を欠場。その試合で僕たちは敗退した。高校最後の年。県予選の1回戦、2回戦は野心が出場したが、相手が弱くてほとんどシュートは飛んで来なかった。そして前年の県予選覇者との重要な3回戦。野心は、僕と玲人の2人とは別ルートで会場に向かい、途中で道に迷って会場に到着できなかった。その試合は壮絶な打ち合いの末、PK戦にもつれ込んで敗退した。あの時野心がいれば……みな声を揃えてそう言った。

 それから天皇杯の話にもなった。数日前、元日に行われた決勝では、オニキス明石と霞ヶ浦ブラッドコーラルズが対戦して2対0で明石が勝った。地元さいサファは途中で敗退して残念だったな。決勝戦は見たか? Jリーグ史上最高年俸の助っ人、元スペイン代表の司令塔ニエイスタはやっぱり別格だな。……終始サッカーの話で大盛り上がりだった。5人と連絡を取り、だいたい同じような話をした。最後、6人目に話をしたのが高校でチームキャプテンでもあった、蔵島猛くらしまたける


 1歳上の蔵島はチームの守備の中心で、CBセンターバックを務めていた。身長は179センチ。高校レベルなら高い方だが、プロのCBと比較したら低い方である。ラインの統率能力に長け、左サイドバックだった僕も蔵島の指示でラインの上げ下げを行っていた。チームに絶対欠かせない存在で、監督には「もし蔵島がいなければ守備が成り立たない」とまで言わせるほど。僕もサイドバックの経験は浅かったので、守備のイロハについて彼から色々と教わった。ライン統率の他、サイドバックが中に絞って行う守備、ポジショニング、カバーなどなどだ。守備における師匠的な存在であり、頼れるキャプテンだった。

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