06 天皇杯に
蔵島キャプテンとの会話は、他の5人よりも更に熱が入った。そして天皇杯決勝の話をした後で、キャプテンがボソッと言ったんだ。「もう一回、みんなでサッカーやりてえなあ」って。
キャプテンは大学でもサッカーを続けている。2年生の彼はレギュラーを掴みきれず、サブとベンチ外を行ったり来たりしているような状況だそうだ。試合にはほとんど出られず、悶々と過ごしているとか。「野心がいればなあ」キャプテンもそう言った。「凡平、玲人、野心。お前ら3人がいて、何で勝てなかったんだろう……?」僕は先に5人と話して考えていた事がある。言うべきかどうか迷ったが、言うなら今しかない。「なあ……みんなで天皇杯に出てみないか?」言ってから、何を言っているのだろうと少し後悔した。だけどキャプテンは間髪入れず「いいな! それ」と、賛同してくれた。
天皇杯。それはプロでもアマチュアでも、誰もが参加できるオープントーナメント戦である。もちろんアマチュアのチームが勝ち上がるのは難しい。参加しても都道府県予選で敗退するのがオチだ。本戦に進むのはJリーグに所属するシードチームの他、JFLや実業団チーム、それに高校大学の選手権で上位に食い込むような地力のある学生のチームが若干。といったところだ。参加するだけなら容易だが、とても勝てるとは思えない。普通に考えるならそうだろう。しかし「お前ら3人の力があれば可能性はある!」キャプテンは力強く断言した。「体鈍ってるから鍛え直さないとなあ」冗談交じりに言うと、それなら一緒にやろうぜ、大学のサブ組ならすぐ集められるぞ、とまで言ってくれた。
それからはトントン拍子で話が進んだ。彼のリーダーシップはすごい。本当にすごい。土日の2日間のうちに、元高校サッカーのメンバーに声を掛け、そのうち10人の同意を取り付けた。ポジションにも気を遣って、均等になるように選んだそうで、チームとして形は出来た。僕と玲人と野心の3人を合わせても登録メンバー上限には満たないが何とかなる。玲人と野心には僕から話してくれと言われた。後日追加登録も出来るという事で、問題なければ天皇杯予選にエントリーも済ませておくと言った。こんなに頼れるキャプテンは他にいない。改めてそう思った。
話は少し前後する。まだ天皇杯参加の話が現実味を帯びる前、蔵島キャプテンと一回話をして、受話器を置いた、その日の午後。
電話を終えると、もう午後3時になろうとしていた。だいぶ前に父が帰ってきた物音も聞こえていた。だから父に訊ねたかった話を先に聞こうかとも思ったのだが、友人との会話に思いのほか興が乗ってしまった。父も昼を食べたりしていただろうし、3時という時間はちょうど良いかも知れない。そんな事を考えつつ父の部屋の扉をノックする。「入りなさい」父の返事を待って僕はドアを開けた。「聞きたい事があるんだけど……」「例の能力についてだろう?」お見通しである。父もかつて通った道だ。同じような経験をしていたと言って、僕の疑問について教えてくれた。
自分が持っている記憶と、他の全ての人の記憶との
「あれはお前が作った人間だな?」
「……なんで分かったの!?」
「野心の事は記憶にないからだ」
「えっ!?」
「野心の事を知らないのは、全く関りのない人間以外では、同じ能力を持った人間だけだ。つまり、祖父を含めて世界に3人しかいない」
「……!」
「この能力を持つ者だけが、過去の記憶、つまり人間を生み出す前の記憶と、生み出した後の記憶の2つを持っている」
「待って、生み出す前と後の2つの記憶があるって?」
「オレもそうだ。お前も違和感を感じているだろう。野心の事を昔から知っているような気もするし、生み出す前の記憶もある。そんな気持ち悪い感覚だ」
「……確かに……」
「その違和感を感じるのは最初のうちだけだ。次第に生み出す前の記憶は薄れ、ずっと一緒だったという偽りの記憶に侵食されていく。そうして生み出す前の記憶はいずれ消去される」
「そうなんだ……」
「忘れたくないなら、どこかにメモでもしておきなさい」
「うん、分かった。ありがとう」
部屋に戻った僕は、高校の時に買ったまま使わなかった、まっさらなノートを取り出した。表紙にタイトルを書き込む。
『僕のサッカー日誌 2020』
それから、昨日の誕生日、そして今日。全ての出来事を書き記した。この記憶は、やがて薄れてなくなってしまうという。だから忘れないように、なるべく事細かに記録した。野心という人間を生み出した経緯。自分に、いや自分の家系に与えられた『天啓』について。それ以外のあらゆる事を、覚えている限り書き綴っていった。これから起きる事も、もちろん書き加えていく予定だ。高校サッカーレベルの僕だけど、本気で天皇杯優勝を目指す。優勝トロフィーをこの手に!
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