04 本当に

 本当に人が一人、突然生まれてしまった。二十歳になる青年が。姿形は思い描いた『設定』通り。しかし、その能力は本当にレーブ・ヤシンそのものだろうか? これは確かめてみなければならないだろう。

「サッカーやろうぜ!」磯野いそのぉ~、野球やろうぜ~、みたいなノリで言ってみた。「はい、兄さん」シャベッタアアアアアア! 本当に喋って、動いている! なんだこれ! 興奮を隠しきれない。テンション上がってきた! いや、まだ慌てる時間じゃない。本当にサッカーが上手いのか、それを確かめるのが先だ。逸る心を抑え、例の飲料工場にあるサッカー場へ向かった。

 僕の会社は今週末、1月の11日、12日、それに祝日の月曜13日までが正月休み。仕事は火曜日から始まる。でもこの工場は既に稼働していた。朝の9時にはもう守衛の人もいた。顔見知りである。門の前で挨拶すると「坊ちゃん達じゃないですか! 明けましておめでとうございます。今日もサッカーですかい? どうぞ」すんなり通してくれた。ボールは要りますかと聞かれたが、持参していると言ってボールの入ったネットを見せた。「いつものコートの方へどうぞ」守衛さんの言う「いつもの」とは、2面あるコートのうち『Aコート』と呼ばれている方である。AでもBでも変わりないが、使う際にはどちらかを指定する形になっているようだ。


 軽くストレッチをしてから、ウォーミングアップ代わりに野心とパス交換。最初は短い距離で。だんだん距離を伸ばして。芝のグランドでパスをするだけで、野心の実力は推し量れた。パスの強度が違う。間違いなく、僕の経験してきた高校レベルではない。パスを受ける右足にズシッとくる重み。更に長い距離のパス交換では、野心の能力は際立っていた。正確なフィード。20メートル、30メートルの中距離では一歩も動かなくてもボールを受ける事が出来たし、倍の距離に伸ばしてもほとんどブレる事なく、一歩か二歩の範囲内に必ずボールが飛んできた。僕の蹴るボールの方が明後日の方向に行ってしまって、野心は何度もボールを追いかけて行った。

「ウォーミングアップはこのぐらいで、PKペナルティキックやろう」僕の言葉に野心は頷く。もちろん蹴るのが僕で野心がキーパーだ。悪いがここは決めさせてもらう。……そう思っていたのは蹴る前だけだった。なんだこいつ! PK全部止められるんですけど……? 10本ほど蹴って一回も入らない。こんな事ってある? 僕自身は高校3年間ずっとサイドバックをやっていたし、シュートの練習はそれほどしてこなかった。それでもPKなら決める自信はある。いや、あった。その自信はもう粉々ですよ、粉々……「ちょっとは手加減して」と思わず懇願してしまうほどに。

「兄さんは素直過ぎるんです。蹴る時に蹴る方向が分かります。軸足が蹴る方向を向いてしまうから、全て読めてしまいますよ」野心の教えを受けて、軸足を向けた方向の逆をつくキック、軸足を常に正面にしたまま蹴るキックを練習。そのほか、視線によるフェイントや蹴るタイミングについて、幾つかのレクチャーも受けた。それでも野心の反応、読みの方が全然上で、本気の野心が守るゴールを割るのは至難の業であった。


(これは本物だ!)


 僕が出した結論。この能力は本当に本当で、野心は本物の本物で、野心がいたら高校サッカー選手権も本気まじで勝てたに違いない。というものだった。

「どうも有難うございました~」守衛さんに声を掛けて門を出る。「坊ちゃん、野心くん、お疲れ様。良い汗かけたかい?」守衛さんの返答に、僕はハッとした。


「ちょっと待って、守衛さん、今なんて?」

「良い汗かけましたか? と……」

「そうじゃなくて、その前」

「えっ……? 坊ちゃん、野心くん、お疲れ様?」

「それだよ!」


 この守衛さんは、なぜ今朝生まれたばかりの野心の名前を知っているんだ? そう言えば朝、ここを通った時にも……何て言われたかは覚えていないが、まるで幼少期からずっと通っていた顔見知りかのように、自然に通してくれた気がする。「守衛さん! なぜ野心の事を知っているんですか?」「はぁ……?」怪訝そうな顔を浮かべる。「なぜって坊ちゃん、いつも一緒だったじゃないですか。何を言っているんですかい? 他に玲人くんも……今日はいないみたいですが」これは一体どういう事だ? 生まれた人物の過去が存在していたかのように話をしている。「済まなかった、そうだよな……」適当に言葉を濁すと、手を振って「また来ます」と別れを告げた。


「なあ、野心」道すがら、野心に疑問をぶつける。

「お前の記憶ってどうなってるんだ?」

「記憶……ですか?」

「そう。一番古い記憶って何?」

「一番古い……? 保育園の頃に兄さんや玲人と一緒にお絵描きをした事とか……さいサファのACLアジアチャンピオンズリーグ優勝の試合観に行きましたよね! あれはテンション爆上げでした!」


 さいサファ、というのはさいたまロイヤルサファイアズの略称である。つまり……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る