03 伝説のゴールキーパーを試しに

 それから父は、今まで話せなかった父本人と祖父についても詳しく教えてくれた。祖父がこの能力を曽祖父から受け継いだのは1950年代末期、日本は高度成長の真っただ中だったそうだ。好景気に沸く日本にあって、祖父はいち早く海外に目を向け、海運事業を立ち上げた。そのためのスタッフとして作り出したのが4人の船長。歴史上の伝説の海の男『クリストファー・コロンブス』をモチーフにして最初に作ったロシア人船長。小さな船でロシアとの貿易路を確立し、カニやイクラの輸入で利益を上げた。2隻目は日本と交流の深かったブラジルへ。ブラジル人船長『フェルディナンド・マゼラン』が商隊を率いた。更にトルコ人船長の『ヴァスコ・ダ・ガマ』が中東へ、フランス人船長の『フランシス・ドレイク』がヨーロッパへ。こうして巨万の富を築いたそうだ。

 この4人の名前は聞いた事がある。世界史の授業で……ではない。僕に言葉を教えてくれた家庭教師たちの名前だ。寧ろ学校の授業でこれらの名前を聞いた時に「先生と同じ名前って、珍しい事もあるもんだなあ」などと感心したものである。その当人がモチーフで同姓同名なのだから当然だという事実を今知った。この4人には、操船や探求心、それに各国との取引交易のための言語力と交渉力などを『設定』として付与したそうだ。その他『幸運』がみな高いので、運良く貿易にも大成功した、という話だった。

 こうして祖父は一代で巨万の富を築いた。海運会社は他の社長に一切を任せて引退。自身は会長職に就き毎年多額の報酬を受け取っている。埼玉県の一地方、当時は電車もバスも走っていなかった片田舎の広大な土地を買って大地主になった。やがて電車とバスが走るようになると、土地の賃貸収入を得られるようになった。駅の一等地近くの土地は賃貸料だけでも軽く億を超える収入があるらしい。その土地収入は資産譲渡された父のものだ。


 父が生まれた時にはもう大金持ちだった。だから二十歳になって能力の事を知っても、使い道に困ったそうだ。欲しい物などは何も無いし、金目当てに女は嫌というほど寄ってくる。十代の頃から女遊びばかりしていたが、そのせいで世間の女の醜い部分ばかり目にし、二十歳の頃には女嫌いになりかけていたという。

 そこで考えたのが理想の女性を作り出す事だ。裏表なく素直で一途に自分を愛してくれる女性。それは理想通りの素晴らしい女性で、毎晩枕を共にしても飽きなかったという。父親ののろけ話など聞きたくもなかったが、年甲斐もなく目を輝かせる父の情熱に押され、僕はただ黙って父の話を聞いていた。

 こうして父は4人の妻を作った。みな父の持つ莫大な資産には興味がなく、純粋に父を愛して子供を作り、家庭を築いた。父も4人を平等に愛した。そうしてたまたま長男として生まれたのが、この僕だ。一子相伝の能力。思い通りの人物を生み出す能力は、二十歳の誕生日を迎えた今日この日から使えるようになっている筈だと、父は言った。


 父の話を聞いてから一晩が経った。夜ベッドの中で父の話を反芻して、ろくに眠れなかった。あれこれと考え事ばかりしてしまった。この話は本当なのだろうか、本当だとしたらどう使おうか……と。

 考えているだけでは何も分からない。夜が明けるとすぐに僕は実験を、つまり人物の『設定』を行った。一晩中考えた結果、僕の大好きなサッカーに関する人物にしようと決めた。起きてすぐにパソコンを立ち上げると、伝説的な人物について調査した。誰をモチーフにして人物像を作り上げよう? 候補は何人かいた。その中でもサッカーの世界的権威でもあるプスカッシュ賞の『フェレンツ・プスカッシュ』か、伝説のGKゴールキーパーの名を冠したヤシン賞の『レーブ・ヤシン』か。この両名を最終候補にした。そして選んだのは……

「やっぱりサッカーで一番重要なポジションはGKだと思うんだ」誰が聞いているわけでもないが、自分自身に言い聞かせるように独り言を呟いた。ヤシン。バロンドール獲得経験もあるサッカー史上最高のGKである。もしこの人物を生み出せたら……

 ヤシンを生み出して、それでどうこうというのはまだ考えていない。伝説のGKを試しに作ってみる、それだけだ。身長は189センチ。体重は82キロ。右利きで、手足は長く、鋭い反応と俊敏さでゴールを守る。国籍は日本にした。そうだ、僕の弟にしよう。僕の双子の弟だ。名前は……ヤシン。武田野心たけだやしん。顔は双子なので僕にそっくりで、日本語とロシア語を流暢に話すバイリンガル。言葉のタイプなんてのもあるんだな。丁寧口調……っと。性格? 性格かぁ……名前と真逆で野心野望など抱かず、僕に従順で大人しい。これで良いかな? 『設定』は完了だ。


 次の瞬間、七色の光とともに現れた武田野心。本当に……人間を作り出してしまった! 顔は瓜二つだが、170センチの僕より頭一つ大きい。目の前で起きた出来事に僕は興奮を隠しきれなかった。

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