54 自宅に

 自宅に到着したのはお昼過ぎだった。


 生放送は13時半から1時間。放送前にお昼を済ませる事にした。番組側で手配した弁当もあるが、母も手料理を作ってくれたので「温かいものを」と、手料理の方を勧め全員で食卓を囲む。父も同席して「凡平の父、玄です。息子をどうぞ宜しくお願いします」挨拶をした。その席上で番組の内容についても軽く打ち合わせ。簡単な台本しか用意されていない。あの天皇杯の映像を編集したものが約15分。僕と、僕の兄弟異母兄弟5人分の映像が各3分程度で約15分。番組1時間のうち半分はVTRで埋められるので、残りの時間を適当なトークで繋げて欲しいと、そのような事を言われた。トークはワッチ―と山崎記者が聞き手になり、答えられる範囲で話してくれればいいと。「もう全部任せて下さい!」ワッチ―は大きな声でそう言って胸を叩いてみせた。頼もしい。


 僕の私室に場所を移し、時間通りに放送開始。


「さあ、始まりました~! あの人は今!」

 ワッチ―が元気な声でタイトルコール。パチパチ。スタッフが拍手で盛り上げる。

「みなさ~ん、覚えていますか? 2020年の天皇杯! もう10年前です。Jリーグが出来て以来、天皇杯史上初ですよ、プロ以外のチームが優勝したのは! いやぁ凄かったですねぇ」

―――パチパチ。

「全く無名のチームでした! キュービックジルコニア武田! そのチームは、今でこそ有名になった、日本代表の武田4兄弟!」

―――パチパチ。

「そのお兄さんであり、4人の……え? はい、あ~済みません、日本代表入りしたのは4人ですが、それともう1人いるんですね? はい、申し訳ありません! 失礼しました、5兄弟です……6人? 6兄弟です!」

―――あはは。

 スタッフが用意していた笑い声の音源が流される。笑って誤魔化せという事だろうか。

「え~大変失礼しました。武田6兄弟の長男、武田凡平さんのご自宅にお邪魔しています! え? サッカーをやっていたのは6人ですが、ご兄弟は他にも……何人? いっぱい!? ご兄弟は他にもいっぱいいるそうです!」

―――あはは。

「今日は色々とお話を聞かせて頂きます! お願いします!」

「こちらこそです」

「それでは……VTRですね? はい。はい! では武田さんのご兄弟全員が出場されました、2020年天皇杯のビデオがありますので、一緒にご覧頂きましょう。それではVフリ、お願い出来ますか?」

「え~っと? VTRどうぞ、とかそういう?」

「はい。あちらのカメラに向かって」

「では……どうぞっ」


「は~い、V入りました~」スタッフの合図に、ワッチーは「お疲れ様でっす!」すぐ僕やスタッフに労いの言葉を掛けてくれた。それから15分のビデオが流れる間に、スタッフとこの後の流れについて2、3の言葉を交わし、スタッフの「3分後からワイプ入ります」という言葉を聞くと、僕の方にも「ワイプって分かりますか?」気を遣って言葉を掛けてくれた。

 ワイプというのは、TV画面にビデオが流れている間、その映像を見ている芸能人や、今回で言えば僕の顔を撮って小窓で画面に映し出すことだ。3分後から表情がワイプ映像で流れるから準備してくださいと、言うのである。メイクさんが手早くワッチーの化粧を直す。VTRの間ワイプで顔を抜かれ、それが終わると、「はい! オッケーで~す!」スタッフの声。ワッチーはまたまた僕たち全員に労いの言葉を掛けた。「V明けま~す」


「あちらにあるのは、もしかして天皇杯のトロフィーでしょうか?」

 ワッチーが指さしたのは、鍵の付いたガラスケース。これは質問ではなく確認である。部屋に入ってすぐ「見せて頂いても?」 と、聞かれ「問題ないです」僕の返答に「では番組の後半で見せて頂きますね」と、予め言われていたのだ。

「はい。今出します」僕はポケットの中から鍵束を取り出すと、ガラスケースの錠を外した。これは天皇杯で優勝した時に手にしたトロフィーとは別物だ。本物は毎年同じものが使われる。『第100回 天皇杯優勝』そう書かれたこの品はレプリカである。ズッシリとした重みがあり、本物と全く同じ材質、同じ大きさのトロフィー。ワッチーに手渡すと、「いいんですか!? では……」慎重に手に取り「うわっ、ものすごく重いです!」などと、レポートをしていた。

 その後もトロフィーを実際に手にした時の様子についてインタビューを受けたり、持ちネタである芝刈り機のモノマネなどで番組を盛り上げていく。僕はちゃんと話せていただろうか? ふわふわした感覚。舞い上がってしまって、ちゃんと受け答えできていたか自信がない。


「どんな練習を?」

「まずはフィジカル強化です。あとサッカーは22人で90分間ですから、単純計算、一人4分しかボールを持ちません」

「なるほど」

「大半の時間はオフ・ザ・ボールです。そこで何をするかが重要で……あ、ちょうどいい所に。こっち来て!」


 その時、ドアから顔を出したのは、りんねだった。

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