25 本場の喜多方ラーメンに
7月5日。日曜日。天皇杯4回戦。気温25度。時折小雨の降る曇天模様。会場は6500人収容可能なとうほくスタジアム。J3所属、タイガーアイ喜多方ユナイテッドのホームスタジアムである。会場には千人ほどの観衆。ゴール裏はだいぶ埋まっていたが、メインスタンドはガラガラだった。今日のスタメンは以下の通り。
玲人 真壁
市原 與範
葉鳥 伊良部
凡平 佐藤
蔵島 医師
野心
サブ:FW 古賀 MF 田所 海老沢 DF 上野 野元 GK 中条
マネージャー:栗岡りんね
警戒すべきは9番のイエスマイラブ。この大型ナイジェリア人FWには、医師がぴったりとマークに付いた。身体能力で勝負するタイプの選手が、より身体能力の高い医師にマンマークされたのだ。10番を背負うもう一人の助っ人も出しどころに苦慮していた。昨シーズン、エースストライカーが抜けた上に、期待の助っ人まで封じられては攻撃の形が作れない。栗岡の読み通りの展開である。
対するキュー武攻撃陣は連携もスムーズ。軽快な動きと與範の巧みなプレーにより、前後半に玲人と真壁が得点を挙げた。残り15分、喜多方ユナイテッドは攻撃のカードを次々と切って猛攻に出る。僕たちはその裏を突いてカウンターから與範が追加点を奪い、終わってみればプロ相手に3-0の快勝。『プロ相手にも戦える』どころか『プロをも圧倒する』会心の勝利だった。
試合後、通用口の上から「凡平くん!」声を掛けられた。手を振っているのは先日の記者、山崎さんだ。
「この後、話を聞かせて貰えますか?」
「はい大丈夫です」
「じゃあ北門で。30分後に」
「みんなも一緒に?」
「もちろん。皆さんにも話を聞かせて頂ければ」
「大丈夫です」「はい」「ウィッス」口々に返答をするメンバー。みな打ち上げの時に一度見ただけの記者を覚えていたようだ。
ロッカールームでシャワーを浴びて着替え、北門に向かうと、既に山崎記者が待っていた。どうやって来たのかと問われたので、「僕たちは電車です」と答えると、じゃあ駅前で食べ物屋を探そうという話になった。ラーメン屋か喫茶店、小さな洋食屋ぐらいしかない。「ラーメンで良いですか」困り顔の記者に、何でも構いませんと答え、みなにも同意を取り付ける。幼少期からラーメンが大好物だった與範は、「喜多方ラーメン! 本場で一度食べてみたかったんだぁ~」と、大喜び。「イクラのお寿司があると良いのですけど」ラーメンより寿司派の野心の言葉に、「ラーメン屋で寿司はねえだろ」医師がツッコミを入れ、「野心、お前は昔からお子様舌だなあ」僕も笑った。
総勢19名でラーメン屋の一角を占拠し、本場の喜多方ラーメンに舌鼓を打ちつつ、順番に記者の質問に答えていく。ほとんどが個々の経歴や今の職業についての質問で、最後に得意なプレーを一つずつ聞かれたようだ。メモ帳が1冊埋まるほど、丹念に経歴を書き込んでいた。選手ではない栗岡とも何やら長く話し込んだ様子。1時間以上も長居しただろうか。迷惑顔の店主に「美味しかったです。ご馳走さま」と声を掛けて出ると、やや傾きかけの太陽はまだ高い位置にあった。
家に戻ると、テレビで観戦していた母が試合の録画ビデオを渡してくれた。わざわざ近所のカメラ屋さんでブルーレイに焼いてくれたようだ。表紙まで付いている。キックオフ前に全員が集合している画像を取り込んで印刷したものだ。「全員分あるから」と、18枚ものDVDを手渡された。これは僕がみんなに配るのか? 家で録画しているだろうに……そう思ったが、口には出さなかった。
何か……何か、大事な事を忘れているような気がする。気のせいだろうか。心がモヤッとする。
翌朝。コンビニに行って、『たま新』を購入してきた母が記事を見せる。山崎記者の書いた丁寧な記事だった。それを読むうち、昨晩のモヤモヤした気持ちはすっかり消え去った。得点した玲人、與範、真壁のほか、守備で活躍した医師の名前もあったが、僕の名前は見当たらない。残念。切り抜き記事はいつものスクラップファイルへ。DVDを欲しがるメンバーが5人ほどいたので配り、余った十余枚のDVDと共に棚に飾っておいたのは言うまでもない。
勝利の会食から数日後。キャプテンから「問題が発生した」と、連絡があった。聞けば「プロって言ってもこんなもんか」「プロ相手でも余裕だったな」などと、佐藤がプロを軽視する発言を繰り返しているという。3回戦4回戦の快勝で自信を持つのは結構だが、過信、あるいは慢心が見られる。何度か注意しても改めない。どうしたものかと。「暫く様子を見て、改善が見られないようなら佐藤は控えに回し、上野をスタメンにしよう」相談の結果、そう決まった。
僕自身にも似た経験がある。決して相手を侮ってはいけない。素人サッカーでもそうなのだ。ましてやプロの厳しい戦いの中では命取りになるだろう。「最悪の場合、佐藤はベンチからも外す」と、キャプテンは厳しい口調で言った。
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