24 その時はみんなも一緒に

 6月。早く試合をしたい。先日の快勝が僕たちを駆り立てる。しかし日程の都合で今月は試合がない。4回戦は7月4日の日曜日。J3に所属する全18チームと、昨年のJ2下位12チーム、これに各地区ブロックを勝ち抜いた6チームを加えた計36チームが戦い、半数が脱落する。

 4回戦の抽選が行われた。僕たちの対戦相手は、J3に所属するタイガーアイ喜多方ユナイテッド。いよいよプロチームとの対戦。とはいえJ3の中でも中位~下位の相手であり、しかも昨年のチーム得点王が移籍して、今シーズンの趨勢すうせいが危ぶまれているチームである。「アマチュアに毛が生えた程度だろう」軽い気持ちで言ったら栗岡に睨まれた。

 チームの中心となる2人の外国人選手は健在で、特にエースナンバー9を背負うナイジェリア出身の長身FWイエスマイラブには警戒が必要。また、今シーズン加入した天田あまだは、現役日本代表の兄を持つ注目の選手である……と、栗岡が言っていた。ぶっちゃけ、僕は喜多方の事を何も知らない。しかしサッカーオタクである栗岡は、以前何度か試合を見たそうだ。J3までチェックしているとは……栗岡、恐ろしい子!


 栗岡の知見を基に、6月もみっちり特訓を行った。特にこれから厳しくなるであろう戦いに備え、守備練習には力を入れた。攻撃側、守備側に分けた練習。スタメン全員が揃った守備練では、医師と野心がいる守備側が有利だった。左右のサイドに分けた練習では、與範にボコボコにやられた。僕とキャプテン、GK健一が守る左サイドを、與範と真壁と田所が中心になって攻める。真壁に付くキャプテンはさすがに堅かったが、僕が対峙した與範は全く止められる気がしない。「タテに行かせるな!」「シュートコースを切れ!」「ラインを上げろ!」何度もキャプテンから怒声が飛び、僕は必死に喰らい付いた。余裕の與範は、さいサファの右サイドアタッカー関野せきのを真似したドリブルで僕を翻弄した。


「そう言えば、あの記者さんまた来ていたわよ」

「あの記者って……?」

「ほら、祝勝会に来ていた。たま新の」

「山崎さんだっけ?」

「そう! 山崎さん! 名刺頂いたのに、どこやっちゃったかしら」

「で、何の用だったの?」

「また取材させて欲しいって。この番号、かけてね」


 渡されたメモを持って自分の部屋へ。時間を見ると午後7時を回ったばかり。迷惑になる時間ではないだろう。そう思って携帯を取り出す。「山崎です」コール音がしたかどうか分からないほど素早く電話に出たので、僕の方がビックリしてしまった。


「武田です。武田凡平です。えっと?」

「ああ凡平くん! かけてくれたんですね、有難うございます」

「いえいえ。それで何か聞きたいっていうお話ですけど?」

「はい。取材をさせて頂きたいのですが」

「サッカー、天皇杯のですよね」

「そうです。その件で凡平くんにインタビューさせて貰えたらと思いまして」

「僕だけで?」

「はい、今回は凡平くんのお話を。お母さんにも一応、ご許可を頂いています。もう成人しているので必要ないかも知れませんが」

「構いませんよ。いつ頃になりますか」

「今からでも、また日を改めてでも。ご都合の良い時で大丈夫です」


 それほど時間はかからないと言うので、それならば今からという話になった。そんなに大袈裟なものではなく、少し話を聞く程度だという。記事にするかどうかも分からないそうだ。場所は近所のファミレス。急いで来ると言うので、そんなに慌てないで、ゆっくり来てくださいと言っておいた。経費で落ちるから何でも好きなものを頼んでいいと言われたが、遠慮してドリンクバーだけにしておいた。

「お待たせしました」30分ほどで山崎記者が到着。ドリンクバーの他に、山盛りポテトや幾つか適当につまめる物を頼み、運ばれてくるまで雑談をした。メニューが揃ったところでポケットからメモを取り出すと、僕の事や兄弟の話を中心に、色々と質問を始めた。ほとんど役に立つのかどうか分からないような、当たり障りのない内容だった。何歳からサッカーを始めたのか、普段何をしているのか等々。学校の話、仕事の話、それに好きな食べ物についても聞かれたと思う。

 小一時間ほど話したところで、次の4回戦からはテレビ中継も入るから、終わったらまた取材をさせて欲しいと言われた。もし勝ったら紙面を飾るから、その時はみんなも一緒にと。最後に、1回戦から3回戦まで小さいけど記事になったよと言われた。「読んでくれたかい?」グッと身を乗り出す。「済みません、知りませんでした」素直に答えると、いいよいいよと笑ってから、記事の載っている新聞があるからどうぞと、3部の新聞を渡された。

 家に持ち帰って読むと、僕の活躍、得点の瞬間が写真入りで載っているじゃないか! これはもう永久保存版にしなければと、丁寧に切り取った。1ページ埋まったスクラップファイルを見て、一人でニヤニヤしていたのは言うまでもないだろう。

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