23 僕の杞憂をよそに

(ここはフリーの玲人に任せよう)中に折り返そうと体の向きを変える。その時、GKが僕の動きを察知して玲人へのパスコースを消そうと一歩前に出た。重心が前の方、左足側にかかっている。ニアが空いた! シュートだ!

 瞬間的にそう判断すると、左足インサイドでパスを出すキックフェイントからボールを跨ぎ、そのまま左足をボールの下側へ。つま先に引っ掛けるように、アウトサイドで軽く浮かせる。逆をつかれたGKは右手と右足を必死で伸ばしたが、完全に体勢が流れてしまっていて届かない。


 決まった! 1-1。残り時間5分というところで、何とか同点に追い付いた!


 こうなると、試合は完全にこっちのペース。残り時間は短い。逆転に向けて一気呵成に攻勢を仕掛けた。残り時間があと10分か15分あれば逆転できたと思う。しかし如何せん、時間が足りなかった。最後まで攻め立てたが追加点は奪えず。1-1のまま試合終了。延長戦はない。そのままPK戦に突入した。

 こうなれば野心の出番である。いや、試合中にもPK1本を止める活躍をしていたが……野心はこのPK戦でも3人目と4人目を見事にストップすると、こちらは與範、医師、玲人、キャプテンの4人がきっちり決めて、4-2。5人目のキッカーを待たずに勝利が確定した。「備えあれば嬉しいなってやつだな」とは誰が言ったのだろう。それに対して「備えあれば憂いなしだゾ」冷静にツッコミを入れたのはキャプテン。もちろんPK練習の話である。「野心相手に練習したからな。余裕だぜ」医師の言葉に「それは失礼というものです。相手のGKも良い読みをしていましたよ。ただ少し運が良かっただけです」言われた野心本人が軽くたしなめた。


 結果的に、この天皇杯1回戦、2回戦を勝ち抜いたのが僕たちの自信になった。ここまで、野心、與範、医師の3人は普段通りの力を出せていたが、周りが足を引っ張ってしまっては厳しい戦いになる。自信は力だ。精神面に大きく作用する。いくら力があっても気持ちで負けていては戦えない。鍛え上げた肉体を動かすのは心なのだ。僕はこの2試合を戦って、改めてそう思った。その証拠に、続く3回戦は、2回戦の苦戦が嘘のような快勝であった。


 5月24日。日曜日。気温26度。試合会場は西ヶ丘スタジアム。対戦相手は東京都代表の西東京FC。JFL (日本フットボールリーグ) に所属するセミプロ集団である。地力のあるチームだったが、僕たちは自分でも驚くほど体が動いた。羽が生えたかのように躍動し、相手を圧倒。中盤に入った医師が攻守にわたって大活躍し1得点。FW與範も2得点を挙げた。與範の得点は、いずれも医師のアシストである。守っては右SBに復帰した佐藤、医師の代わりにCBに入った野元が奮戦し、相手の攻撃をシャットアウト。終了間際に田所が駄目押し、終わってみれば4対0の大勝。


 僕たちはひとつ山を越えた。厳しい戦いを乗り切った自信がみなぎっている。これだけやれるんだ、もっとやりたい! そんな気持ちでいっぱいである。もちろん、これは高校時代の、あの根拠のない自信とは違う。実際に全国レベルで戦える、勝てるという手応えがあった。次の試合が楽しみだ、早く試合をしたいと、みな声を揃えた。そんな自信を支えていたのが、この2回戦と3回戦の間にも行った全体練習。ゴールデンウィークから3回戦まで2週空いていたので、みっちりトレーニングを行った。さいサファの試合を観戦した1日を除く、土日3日間は午前中から集合し、夜までミーティングと反省会。僕の家に泊まり込んで合宿気分であった。男性メンバーに混じって栗岡も泊まったのには少し驚いた。もちろん襲うつもりなど微塵もないのだが、少しは警戒心を持った方が良いのでは? と、こちらが心配になる。そんな僕の杞憂をよそに、簡易寝袋のようなものまで持参し、雑魚寝のメンバーを尻目にスヤスヤと寝息を立てていたものである。


 それと、この3回戦の前にもう一つの出来事があった。「凡平、もしかしてサッカー続けてる?」それは知り合いからの連絡であった。

「おう、久しぶり!」

「この間ユーチューブ見てたんだけどさ、サッカーの配信があって」

「おう?」

「聞いた事もないチームだったんだけど、どう見ても野心と医師がいるんだよ。あいつらでかいから目立つだろ?」

「お、おう」

「で? サッカーやってる?」

「実はな……」

 どうやら対戦した大学チームが、ベンチから撮影と生配信をしていたらしい。アーカイブが残っていると言うので、探してみたら確かにあった。1回戦のも2回戦のも両方だ。大学生はこういうのにも力を入れているんだなと、感心する。DLダウンロードしたDVDはスクラップファイルの隣に飾っておいた。


 最後に5月の筋トレの成果も記録しておこう。ランニングは毎日8・5キロ。腹筋腕立てなどは各150回。擦りむいていたお尻は、すっかりかさぶたになって剥がれ、今はもう何ともない。

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