22 僕のせいでPKに
上野はすっかり気落ちしてしまっている。このまま後半も出場させるのは厳しい。佐藤が出場を志願したが、佐藤も休ませた方が良いだろう。そこで緊急措置ではあるが、マンマークが得意なボランチ伊良部を右SBへ。與範もポジションをひとつ下げて、代わりに2列目には田所が入った。
後半。メンバーを入れ替えた事で守備は安定した。ただ與範が後ろ目にポジションを変えたため、チャンスもなかなか作れない。1点ビハインドのまま、刻々と時間だけが過ぎる。「焦りは禁物だ」キャプテンが大声で檄を飛ばす。しかし頭で思うのとは裏腹に気ばかりが急いてしまう。僕も玲人も、他のメンバーにもミスが出て、攻撃がちぐはぐに。
残り15分。東光大学は攻撃の手を緩めない。自慢の両ウイングが次々に突破を図る。僕も対応に追われた。医師の教え通り、サイドではタテへの突破だけ気を付けて、ヨコに逃げるドリブルをした場合はすかさずキャプテンがフォローに入った。守備の手応えは感じる。攻めなければいけないが、反撃の糸口は掴めない。
残り10分。時間がない。さすがに焦る。なんでもないパスをトラップしたつもりが、ボールが足につかなかった。タッチラインを割って相手スローイン。素早いリスタートで、一時的に僕1人に対し相手2人という数的不利な状況に陥った。どちらの選手に付くべきか? 一瞬の迷いが命取りだった。
タテだけは行かせるなと言われていたのに、そのタテ方向に相手が抜け出してしまう。カットインを警戒していたため、キャプテンのカバーも間に合わない。ゴールライン際から相手が切り込んだところで、その選手が倒れた。僕は無意識にシャツを少し掴んでいたかも知れないが、強く引っ張ってはいない。何とかしなければと必死だっただけだ。普通、あの程度で倒れる事はない。僕はホイッスルを咥える主審に対してダイブだ、相手選手のシミュレーションだとアピールする。しかし審判が指さしたのは、ペナルティスポットだった。激しく抗議すると、僕の目の前にイエローカードが提示された。「もうよせ! レッド出るぞ」なおも詰め寄ろうとする僕をキャプテンが制止する。
……僕のせいでPKに。残り時間10分。1点ビハインドのこの状況で、まさか2つ目のPKを取られるなんて……
くやしい。何て事をしてしまったのか! 頬を熱いものが流れ落ちた。「おい! 何て顔してんだ! まだ終わっちゃいねえぜ!」情けない表情で見上げると、胸倉を掴む医師の姿が。「君っ、やめなさい」主審から注意が与えられ、医師にも非紳士的行為でイエローカードが出た。
後ろから医師を抱き止めて引き剥がすと、「必ず止めてみせます。そんなところで突っ立っていても邪魔です。さあ顔を上げて。カウンター……兄さんは玲人と前線に残っていて下さい」耳元で野心がそっと囁いた。ハッとした。そうだ、まだ決まったわけじゃない。野心のPKセーブ率を僕は知っているじゃないか。俯いたままペナルティエリアを出るフリをして、そのままタッチライン際からハーフラインの方へ、ゆっくりと歩いた。心配そうに僕を見る玲人と目が合う。僕の方へ走り寄って肩を抱く玲人。僕は軽く頷きながら「カウンター行くぞ」と呟く。それだけで玲人は理解してくれた。
ピーッ!
主審の笛から一呼吸置いて、相手キャプテンが細かいステップで走り出す。野心はじっと動かず、蹴るまで待った。1回目のPKでは、読み合いで先に動いた野心が逆を取られた。キックは大して強いものではなかった。先に動いたから負けたのだ。だから相手が蹴るまで動かず、蹴った瞬間に野心は驚異的な反応でボールに飛びついた。コースは悪くなかったが、やや浮いたボール。膝ぐらいの高さで、横っ飛びのGKの手が最も届きやすい。目いっぱい手を伸ばすと、まるでボールの方が野心の手に向っていくように、すっぽりとグローブに収まった。
「行くぞ!」野心の大きな声。僕は野心のパントキックと同時に、ハーフラインから飛び出した。野心のキックなら、ハーフラインを越えて更に20メートルは飛んで来る。ダッシュして落下点に向かい、振り向くと、低い弾道のパスはもう目の前にあった。
(練習を思い出すんだ)僕のミスで招いたピンチ。これ以上の失態は許されない。前のスペースに敵はいない。トラップの前に確認済みだ。だから多少トラップが大きくなってもいい、前に落とす!
思ったより大きくなってしまったが、GKが飛び出せるような場所ではない。ラインを割るほどでもない。問題は無い。すかさず中の様子を見ると、玲人が僕のやや後方から追いかけるように駆け上がってくる。残っていた敵サイドバック2枚も僕たちを追う。ボールに目を戻し、もう一度大きく前に蹴り出す。ツータッチでゴール横まで一気に運んだ。玲人は上手くマークを剥がしてフリー。だけどGKがゴールマウスから動かない。もう一つ運ぶか? このタイミングで折り返すか?
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