21 野心がいるのに

 5月2日。快晴。気温25度。天皇杯1回戦の会場は、常陸総合運動公園陸上競技場。1万5千人収容可能なスタジアムだ。観客席は相手の大応援団数千名規模で埋められていた。僕たちキュー武の応援団は、メンバーの家族・友人・知人が100人いるかどうか。5月になって家に戻ってきた父は、母と一緒にスタンドの中段やや前あたりに陣取って手を振ってくれた。

 対戦相手の土浦大学は関東ブロック8チームの中で、大本命と目されている。過去にも何度か天皇杯本戦に出場していて、大学リーグでも常に上位。その強さの秘訣は、Jリーグ1部に所属する霞ヶ浦ブラッドコーラルズと、定期的に練習試合を行っている点にある。「そのおかげで試合ビデオを入手しやすかったわ」とは栗岡の弁。今日のスタメンは以下の通り。


 玲人 真壁 與範

    田所

  葉鳥  伊良部

凡平      佐藤

  蔵島  医師

    野心


サブ:FW 古賀 MF 市原 海老沢 DF 上野 野元 GK 中条

マネージャー:栗岡りんね


 今回は少しフォーメーションを変えて、4-3-3のスリートップで戦う。土浦大学は、Jリーグのチーム相手にも簡単に失点しない強固なディフェンスと、攻撃の際には両サイドバックがペナルティエリアの中まで果敢に攻め上がって来るのが特徴。ディフェンスの中心はGKのキャプテン立木たつき。鋭い反応で至近距離からのシュートもストップする。都道府県予選でもビッグセーブを連発してチームを救っていた。ただ、予選では対戦したチームの粗さも目立っていて、與範に言わせれば「これだけコースがあれば決めてみせるよぉ~」と、自信ありげであった。攻撃陣はそれほど強力ではないので、このGK立木をいかに攻略するかにかかっている。

 結果から言えば、想定していたよりも余裕をもって勝利できた。埼玉予選で最後に戦ったチン国際、マン国際の方が手強かったのではないだろうか? 中盤ではお互いミスもあり、ボールが行ったり来たりして落ち着かない時間帯が多かった。最終ラインはお互いしっかりしていたが、やはり野心と医師の守る僕たちキュー武の方が一枚も二枚も上だったように思う。僕自身、相手右サイドバックをきっちりマークして自由にはさせず。しっかりタテを切った上で、ペナルティエリアの中に切り込んできた時はキャプテンと挟み込んで封殺した。

 逆に相手左サイドバックが空けたスペースを使って與範が切り込み、飛び出したGKを嘲笑うようにループシュートを決めてみせた。2点目も與範から。カウンターで人数が足りていない相手に数的優位に立つと、逆サイドに走り込んだ玲人にプレゼントパス。玲人は無人のゴールに蹴り込むだけだった。2-0の完勝であった。

 関東ブロック最大のライバルと目される土浦大学を一蹴した。世界トップクラスの実力を持つ野心らと、練習を重ねてきた成果を実感する。しかし油断大敵である。キャプテンもマネージャーも、決して気を緩めるなと繰り返した。


 5月5日。火曜祝日。前日の雨で足元は少し緩かったが、この日も良い天気になった。気温は28度まで上昇。何もしなくても汗が滴る夏日。会場は湘南スタジアム。ここも1万5千人余を収容可能な大きなハコだ。対戦相手は、1回戦で山梨代表の株式会社天馬を破った東光横浜大学。DFの中央に位置するキャプテン中藤なかふじはヘディングが強く、地区予選でもセットプレーから2得点を挙げている。3トップの中央に位置するFW 寺川てらかわも大柄な選手で、空中戦とゴール前の競り合いが強い。サイド攻撃は要注意である。この試合のスタメンは以下の通り。


  玲人  真壁

 市原    與範

  葉鳥  伊良部

凡平      上野

  蔵島  医師

    野心


サブ:FW 古賀 MF 田所 海老沢 DF 佐藤 野元 GK 中条

マネージャー:栗岡りんね


 フォーメーションを4-4-2に戻した。筋肉のハリがあるという佐藤を控えに回し、代わって上野がスタメンに入る。相手FW寺川は医師がマークし、相手の両ウイングは僕と上野が見る。

 この試合、先制点は東光大学だった。「決して諦めずに食らいつけ」その医師のアドバイスが完全に裏目に出てしまった。今日スタメンの上野は、その言葉通りに抜かれても諦めず、後ろから必死に相手を追いかけた。しかし……前を走る相手の後ろ足が、追う上野の足と交錯してしまった。倒れのはペナルティエリアに入ったか入らないかの際どい位置だったが、主審のジャッジはPK。上野はその判定に抗議したが覆らない。

 敵キャプテン中藤とGK野心の駆け引き。細かいステップから、野心の逆をつくキックで東光が先制した。ここまでの試合、野心が守るゴールをこじ開けられたのは初めてだった。「ドンマイ! まだ時間はある! 逆転するぞ!」キャプテンの檄が飛ぶ。しかし、野心がいるのに失点してしまったという事実に、僕も他のメンバーも動揺を隠しきれない。すっかり委縮してしまったのか、その後も再三、上野のいる右サイドから崩され、幾度となく危ないシーンを迎えた。何とか相手の攻撃を凌ぐ形で前半が終了した。

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