20 あっという間に

 週末、さいサファのホームゲームはみんなで観戦に行き、ない週はチーム練習。栗岡と練習や試合のビデオを見ながら練習メニューを考え、何度も議論を重ねた。ファーストタッチコントロールの練習。トラップする前やボールが落ちて来る短い時間で顔を上げ、周囲をよく見る練習。連携の確認。やるべき事は多い。あっという間に日々は過ぎていった。


 4月2週目には全国の地区予選が全て終了。3週目には天皇杯の組み合わせ抽選が行われ、対戦相手と日時が発表された。47都道府県の代表に特別枠1チームを加えた、計48チームが天皇杯の1回戦から3回戦を戦う。地方の移動距離を考慮し、全国を6のブロックに分ける。各ブロックから1チームずつ、計6チームが4回戦にコマを進める。僕たちキュー武は関東ブロック。抽選の結果、1回戦の組み合わせは以下の通りになった。


 山梨県 対 神奈川県

 埼玉県 対 茨城県

 群馬県 対 千葉県

 東京都 対 栃木県


 僕たちキュー武は、まず茨城県代表チームと戦う。1回戦は5月2日の土曜日、2回戦は5日の火曜祝日。GWゴールデンウィークで2試合。3回戦は少し間が空いて24日の日曜日だ。相手チームの情報は、例によって栗岡が収集して来てくれるそうだ。頼れるマネージャーである。頼ってばかりで悪いとは思うのだが、本人が喜んでやってくれるので任せっぱなしになってしまう。「そっちは任せてみんな練習していて。じゃっ」一つ敬礼を残し、栗岡は小走りでどこかへ駆けて行った。


 栗岡はいなくとも彼女のビデオが何本もある。練習後は栗岡抜きで反省会も行った。県予選、2月16日の試合。僕たちキュー武の初失点を振り返る。野心も医師もいない中、僕のサイドから突破を許して失点したシーンだ。甘えた気持ちを捨てなければいけないという話はキャプテンから聞いたが、では具体的にどうするべきだったのか?

 医師は言う。「距離だな」「距離?」この距離では自由にやらせてしまうのだそうだ。ビデオで見ても、僕とボールを持った相手選手の間に2メートルから3メートル、人間が寝そべっても余るほどの距離がある。「こんなんじゃ好き放題やってくれって言ってるようなもんだぜ」手厳しい。「だけど、距離を詰めようとしたら入れ替わられないか?」僕の疑問に、そんなのアマチュアレベルだと、医師はばっさり切り捨てた。

 サイドで仕掛けてくる相手は、とにかくタテを切る。タテの突破だけ許さなければいいと。それから相手との立ち位置、スピードの殺し方、体の入れ方、半身になってわざと前を空け罠にかける誘い方まで、色々レクチャーしてくれた。その辺はまたチーム練習の時にと言って、最後に「絶ってえに諦めんな。抜かれそうなら手を使え。置いて行かれそうになったら意地でも喰らいつけ。後ろからプレッシャーをかけるだけで全然違う」激しい守備を叩き込まれた。


 4月最後の週末。試合直前の練習はセットプレーの確認に時間を費やした。スペースの作り方やマークの外し方。トリックプレーをみんなで考え、実戦で使えそうなものと使えないものに分けた。コーナーキックでは、ハイボールに強い医師をいかにフリーにするか。逆に医師を囮にしてニアに與範が走り込む形も確認。相手GKの前に密集し、壁を作ってGKが出られないようにするのも有力な作戦だ。マンツーマンで守備をする相手か、ゾーンで守ってくる相手かによっても何パターンかの作戦を立てた。

 一発勝負のトーナメントに備えてPKの練習も行った。GK野心の神セーブ率は置いておくとして、キッカーでは與範と医師は別格の上手さ。残りのキッカーを誰にするか、練習を終えた後で相談し、玲人、蔵島キャプテン、野心に決まった。当然ながら野心は野心と対戦出来ないので、実際に野心ぐらいのGKと当たった時にどうかというのは不明。ただキックのパワーはフィールドプレイヤーの誰よりも上だろう。精度も高くハートも強いので、5番目のキッカーを任せる。もし5人で決着しなければ僕も7番手で蹴るが、出来れば僕まで回って来ないで欲しいと願っている。野心に止められてばかりで自信喪失。全く決められる気がしない。

 夕方は家に集合し、ミーティング。栗岡は初戦の茨城代表の他、勝てば次に当たる山梨神奈川両チームの分析ビデオも用意していた。それぞれ数試合分の映像を編集して、およそ30分ほどに纏めたもの。相手のストロングポイントや注目選手、得点シーンが中心だったが、それ以外にも栗岡の注目した場面も幾つかあって、その着眼点にただただ感服するばかりであった。


 継続している筋トレは、4月末日の時点でランニング6・5キロ。腹筋背筋腕立てスクワットは各120回になった。腹筋をする際、マットの上でやっていたら、100回を目前に問題が発生。お風呂に入ると染みるので、何かと思い鏡を見ると、尾てい骨の辺りが擦り剝けていた。それ以降マットの上に数枚、柔らかい布を重ねて敷くようにしている。

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