52 りんねと世界を巡る旅に
「ねえ、片付けは?」
いけない。すっかり日記を書くのに没頭していた。時計を見ると、もう深夜零時になる。
「何やってんの?」
「いや、ちょっと古い日記を見付けてさ。片付けの途中だったのに、ついつい……」
少し怒ったような仕草を見せているのは
「日記? 書いてるの?」
「ちょっとね。最近、全く書いてなかったんだけど……」
「知ってる」
デスヨネー。
「久々に、というか、見付けた記念に? 近況でも書いてみようかなって」
「それはいいけど。片付けと準備しないと。間に合わなくなっちゃうよ?」
「そうだね。もう切り上げるよ」
僕たちは2022年に結婚した。家族や親戚、友人や知人。それと、元・キュービックジルコニアTAKEDAのメンバーたち……
「結婚おめでとう」「末永く爆発しろ」「いいなぁ~」みんなから祝福され、盛大な結婚式を挙げた。式場はさいサファのホーム、サッカー専用スタジアムを借り切った。超大型スクリーンに映し出されたのは、天皇杯の
それから3年。『龍恋の鐘』に南京錠を付けたカップルは固く結ばれるという。その通り夫婦円満。まだ子供はいない。結婚してからも恋人同士のように気ままに遊び歩いたり、お互い大好きなサッカー観戦に行きたかったから。子供はもう少し2人の時間を過ごしてからでいいと、話し合って決めた。
それともう一つ。野心、與範、神子、玲人、医師。弟妹たちの就職活動、その交渉代理人として一息吐いた僕は、これから、りんねと世界を巡る旅に出ようとしている。そのための船を一隻用意して貰った。祖父の育てた海運会社のお古になった大型船。2人旅には大き過ぎるその船は、祖父の会社を引退した元船員らが動かしてくれる。客船として改装済みで、ピカピカに磨き上げられている。交易ルートの伝手もある。世界を巡りながら船旅の間に小銭を稼いで運航費用に充てる計画。日本から世界各国へ持ち込む品々の積み込みは既に終わっている。
船員はロシア人、トルコ人、フランス人、ブラジル人、日本人と多種多様。それら5か国語を話せるよう、幼い頃から教育を受けていたのが役立った。通訳を介さずともコミュニケーションに不安はない。
最初の目的地。野心が活躍するロシア・プレミア・リーグの試合を、特別席で観戦する。久しぶりに野心と連絡を取って、食事の約束もしている。1か月ほど滞在するので、その間、野心の試合を4試合。その他の試合も数試合、観戦する予定だ。その後は世界各地で奮闘する弟妹の活躍を順番に見て回る。世界のトップリーグで、彼ら彼女らがどんな活躍を見せてくれるだろう! ああ楽しみだ!
だけど子供がいたら、こうはいかないだろう。子供を放り出して遊び回るわけにはいかないし、どうしても夫婦生活が子供中心になってしまう。野心たちの様子を見に行くのも、代理人として各国のチームと交渉するのも、きっと単身赴任になる。りんねと離れる事になる。だから僕たちは、まだ暫く、5年か10年か、子供を作るのは控えて2人きりの楽しい時間を過ごしたいと、そういう結論になったのである。
「出発は明日だよ? 早く寝た方がよくない?」
「そうだね。もう寝よう」
「準備は終わったの?」
「まだですが、何か?」
「もー、しょうがないなー。朝、荷物纏めるの手伝ってあげるから! 必要ないものまで片付けようとするからだよ!」
悪戯っぽい笑顔を向けるりんねの手を引き、ベッドの中へ潜り込む。明日からの旅と、みんなの活躍について、僕とりんねは夜が白み始めるまで語り明かした。「早く寝た方がよくない?」とは、一体何だったのか……?
寝た方が良い。頭では分かっている。だけど心が躍り出して止まらない。それは、りんねも同じようだ。
サッカーオタクのりんねが、そんな未来の展望と、夢を語る間、終始笑顔でキラキラと、目を輝かせていたのは言うまでもない。
僕のサッカー日誌2020 ―完―
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