39 最初のプレーはセフティに
14:00。キックオフの笛が鳴った。
さいサファボールで試合開始。キックオフと同時に攻撃を仕掛けてきた。一旦ボールを下げると、その瞬間に両ウイングの原田、関野がサイドを駆け上がる。麻生が最初に選んだのは僕たちから見て左サイド、つまり僕のサイドだ。
相手はワントップ2シャドーの形が基本で、攻撃時は3トップに変わる。これに対し、本来であれば4バックで対応する。守備側は1枚余らせるというのがセオリー。中央の2枚が相手の中央の選手を見て、両サイドが1対1で応対する。だがこの形でさいサファと戦おうとすれば、必ず数的不利に陥る。
その秘密がこの両ウイングの攻撃参加。シャドーも含めた3枚のFWに両ウイングまで加わるのだから、相手は5枚になる。これを4バックで防ごうと思っても無理というものだ。だから僕たちは初めから5バックを敷いた。急造DFの真壁は間に合わず、田所を最後尾に入れた。この形でも人数的には5対5で同数。だから守備時には、更にボランチの伊良部までDFラインに下がる事になっている。その分中盤ががら空きになってしまうのは止むを得まい。
僕の方にダッシュで向かってくる関野。麻生のキックは的確にサイドのスペースに蹴り込まれている。タッチラインもゴールラインも割りそうにない、素晴らしいボールだ。ここはしっかり対応しないとマズい。練習を思い出し、ボールの落下点を予測してから、周囲の様子を素早く確認する。関野だけではなく、そのフォローに溝呂池も近付いているのが分かった。ボールには僕の方が先に触れそうだ。しかし処理にもたついては危ない。ボールを下げるのも相手の前に出て来る勢いを考えればリスクがある。瞬間的に判断し、最初のプレーはセフティにタッチラインへ逃げた。
キャプテンからも「クリア!」と、声が掛かったようだが、満員のスタジアムの大歓声と緊張から聞こえなかった。改めて会場を見渡すと、熱気というか雰囲気が半端ない。キックオフ前はあまり感じていなかった。いや、何も考えられないほど頭の中が真っ白になっていたのだろうか? 宙を漂っているような、ふわふわした気分。夢見心地というのはこういう事か。
ふと、我に返った時、木々岐鬼がボールボーイを催促して素早くスローインしたところであった。ハッとした。僕のマークすべき関野は? 考え事をしたその一瞬、すっかりマークを見失った。いけない! 関野の背中が遠くに見える。なんだろう、本当に夢の中にいるみたいだ。ああ、夢なら覚めてくれ!
僕が関野のマークを外したせいで、中は大混乱に陥った。カバーのためにキャプテンが飛び出し、今度はキャプテンがマークするべき溝呂池が中央でフリーになった。関野は中をじっくり見て、溝呂池にグラウンダーのボールを送る。そのシュートコースを消すべく、今度は医師が動いたが、それを見た溝呂池は軽いキックフェイントから右足でボールをフリック。そこに走り込んだのは黒木であった。ペナルティエリアに一歩二歩踏み込んだ位置から、得意の左足を一閃。ニアを警戒していたGK野心の上を抜く、ややループ気味のシュート。野心をもってしても防ぎようがない、見事な連携からのファーストシュートがゴール左上に突き刺さった。開始1分。一瞬の出来事であった。
0-1。さいサファが先制。
「ドンマイドンマイ! ほら、立てるか?」キャプテンに声を掛けられて、僕は自分がピッチに膝から崩れるように座り込んでしまっているのに気が付いた。僕のせいだ! 試合が始まっているのに、余計な事を考えて。マークするべき相手を見失った。あれだけ練習し、研究し、対策を練って来たのに! 全てを一瞬でフイにした。「おい、情けない顔してんじゃねえ! まだ始まったばかりだぞ」そう言って僕を叱咤したのは医師。そうだ、まだ始まったばかりだ。それに、J1王者相手に、少しぐらいやられるのは想定内じゃないか。1点2点失っても、それを取り戻すための練習は積んでいる。これからだ!
キュー武ボールでキックオフ。今度はこっちがやってやる! センターサークルでパスを受けた神子がチラッと僕の方を見る。来る! こういう時にこそ神子は僕に鞭を打つ。昔からそうだ。
それはまるでシュートのような強烈なパスだった。センターサークルから僕の左サイドまで、約30メートルの距離をライナーで飛んできた。「野心君の低くて強いロングパスを、完璧にコントロールしたファーストタッチ」「周りをしっかり確認するのも大切」りんねが教えてくれた與範のプレー。神子の鬼のようなパスを、僕は左足のインサイドで勢いを殺して受け取った。練習通りに出来た。足に吸い付く。それだけではない。僕は一瞬顔を上げて周りの状況も把握した。そう、今まさにワントラップ目を狙って襲い来る、眼前の関野の姿を。ミスしたら奪ってやろうという算段か。トラップミスを誘うように強烈なプレッシャーをかけてきた。
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