56 ごくごく平凡な家庭に

 オレの名前は武田玄たけだくろい。ごくごく平凡な家庭に生まれた子供だ。


 ……と思っていた。小学校の頃までは。

 オレの家庭が普通ではないと気付いたのは、小学校の高学年になってから。「父親の職業は?」と聞かれて、オレは答えられなかった。父は毎日仕事もせず海ばかり眺めていた。どうしてそこまで海に執着するのだろう? 父もオレも働かないものだから、ずっと貧乏。狭いボロアパート暮らし。結婚はしていない。というより出来ない。金が無いからだ。


 大地震!? もの凄い揺れ。眩暈。世界がグルグル回る。とても立っていられない。その場に膝をつく。


 ……長時間、世界が揺れていた。頭を振って身を起こすと、足元に何かが転がっているのを発見した。

 無色透明に輝く宝石と1冊のノート。これは? 今の地震でどこからか落ちてきたのか? パラパラとページをめくる……


 ……段々と思い出してきたぞ。これは10年前に書いた小説だ! 主人公はオレ。当時は小説投稿サイトが沢山あって、素人作家が自作小説を世間に公表していた時代。

 古びたノートPCパソコンを取り出す。電源を入れるのは何年ぶりだろう。気になって2021年元日の天皇杯を検索すると、優勝は神奈川県にあるサッカーチームだった。大流行した疫病の影響で試合数も観衆も少ない。サッカーより野球派のオレは昨年のサッカーW杯の結果も知らない。ついでに検索すると日本はGLグループリーグで敗退していた。


「何やってんの?」

「昔の小説を見付けてね」


 ドアから顔を出したのは栗岡りんね。狭い隙間に大きなお腹を押し込むように入って来た。


「来月だっけ? 名前は決めた?」

「うん。平凡な子供に育つよう凡平なみひらってどうかな?」

 聞き覚えがある。どこか懐かしい響き。

「しっくりくるな」

「もう! 結婚はしなくても、この子の父親なんだからしっかりしてよね!」


 そう言って悪戯っぽい笑顔を向ける。親子ほど年の違うオレなんかを何故好きになったのか? 気になって尋ねた事がある。

「忘れちゃった? みんなと鎌倉行って花火見て。あの頃から好きだったよ」

 貧乏なオレが旅行なんか行くわけない。

「帰りに二人きりになって。今度は二人で行こうねって言いたかったのに」

 記憶違いだ。彼女には、こんな天然発言が稀によくある。


「これは?」隣に座る彼女の問いに「サッカーでもやらせてみようか」以前登録した『カ・ク・ヨ・ム』という小説投稿サイトにアクセス中と説明しながら言った。ユーザー登録はまだ有効だった。現在も多くの人が利用している様子。オレもそれらに混じって処女作を投稿してみようと思う。若かったあの日書いたサッカー小説。夢を追う少年を描く空想物語ファンタジー。彼女は興味津々で画面を見ている。まずタイトルを書き込む。


『僕のサッカー日誌 2020』


 ―完―

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僕のサッカー日誌2020 ~高校サッカーレベルの僕だけど、本気で天皇杯優勝を目指す。~ 武藤勇城 @k-d-k-w-yoro

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