16 祝勝会は大々的に
0対0。ボール支配率はキュー武3に対し、チン国際7という、一見してワンサイドの展開。後半、何とか打開する手を打たなければならない。ロッカールームで話したのは、やはり医師をもう少し上げて攻勢に出るしかないのではないか、という事であった。後半の頭から行くのか、もう少し様子を見てからか。最悪0対0でPK戦になったとしても、野心ならば高確率でPKを止めてくれるだろう。しかし敗退するリスクも高くなる。可能ならば時間内で決着を付けたい。
後半、選手交代はせず、スタメンそのままで試合に入った。やはり前半と同じように、チン国際がボールを支配する展開。前半と違うのは、後半は立ち上がりから下田を中心にミドルを狙ってきた点である。後半の開始から10分間だけで浴びたシュートは5本。岡沼監督は「もっと打っていけ」とでも言ってハッパかけたのだろう。この状況で医師を前に出すのはリスクもあるが、後半は全くボールを持てないまま押し込まれていたので、ここで形を変えてリズムを掴むしかないと判断した。
ダブルボランチの伊良部はスタミナもあり、まだまだ戦える。もう一人の葉鳥の方は疲労が見えてきていた。そこで葉鳥に変えてDFの野元を投入。センターバックに野元が入り、医師が一つ前にポジションを変えた。この交代を見た岡沼監督もすかさず動く。中盤の選手を一人下げて、FWに高さのある選手を入れてきたのだ。代わりに10番の片橋が中盤に下がった。こちらのCBの絶対的高さがなくなったところを狙い、片橋からのクロスボールで中央高さ勝負をするという作戦だろう。この両チームの采配が吉凶どう出るか……
結論を言えば、僕たちの方に軍配が上がった。中央からのミドルを捨ててサイドからクロスを選択したチン国際だったが、こちらにはGK野心もいる。ハイボールに強いのは医師だけではないのだ。片橋の際どいクロスだったが、野心はそれを長い手を伸ばしてキャッチすると、医師の足元へスロー。ボールを受けた医師が見事なテクニックでプレスに来た選手をかわし、ドリブルを開始。大きなストライドでボールを一気に前へ運んでいく。意外な伏兵にチン国際のディフェンスが混乱に陥った。乱れるライン。そのギャップをついて飛び出した與範の前のスペースに医師からのスルーパスが通った。GKと1対1になれば與範が外すわけもなく。落ち着いてこれを沈め、ワンチャンスをものにしてリードを奪った。
医師がディフェンスラインに戻り、5バックを敷いた僕たちの守備陣は最後まで崩れず。1対0。被シュートは実に33本を数えたが、枠内まで飛んだものは僅かに5本。それを野心が完璧に抑えての勝利であった。
祝勝会。まだ天皇杯のタイトルまで先は長いが、ひとまず僕たちが県の代表に決定した。それを祝して大々的に行った。父が第三の妻の元へ行ったので、玲人の家族、母・真里鈴らも集まった。話を聞きつけた元高校サッカーのメンバーも。高校時代の友人も。元カノも。地元のローカル局でテレビ放送があったせいか、たくさんの人がお祝いに駆け付けてくれた。元サッカー部の数人が、今更ながらメンバーに加えてくれなどと言い始めたが、そういう奴らは和を乱す。そう思った僕は、キャプテンと裏で相談した上で、丁重に申し出を断った。
母は今回の祝勝会でも、大量の料理を用意してくれた。玲人の母も一緒だったので、寿司は出前ではなく、ほとんどが手作りであった。上野まで行って鮮魚を仕入れてきたらしく、今朝水揚げされた新鮮な魚を切り分けたものを、国産高級海苔で包んだ手巻き寿司を心ゆくまで堪能した。みんな大好き唐揚げも山のように作ってあった。
「え~、この度は私どものためにお集まり頂き……」乾杯の音頭をと、キャプテンが壇上に立つ。しかし誰も聞いていない。「おい、何か話し始めたぞ」「気にするな、さあ乾杯だ」「乾杯!」「かんぱ~い」蔵島を無視して我先にと料理、飲み物を漁り始める面々であった。
地元の新聞社が話を聞きたいというので、祝勝会の会場に招いた。「仕事中ですので」と遠慮する記者に半ば無理矢理料理とお酒を振舞うと、次第に調子が良くなってきた記者である。最後は千鳥足で帰っていった。あれでちゃんとした記事を書いてくれるのだろうかと不安になった。
天皇杯の本戦までは少し間が空く。今夜は心ゆくまで楽しもうと、夜が更けるまで盛り上がった。一足先に帰ったマネージャーの両手にケーキの山があったのは言うまでもないだろう。
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