13 一歩ずつ夢に

 2月22日。土曜日。最高気温18度。例年なら10度を下回る時期。少し動くと汗ばむ暑さの中での試合になった。今日のスタメンにはGK野心が入り、與範と医師はベンチ。やはりGKがしっかりしていると安定する。これは決して健一をディスって言っているのではない。当の健一本人が試合後に言った言葉だ。際どいコースに飛んだシュートも野心は難なくセーブした。玲人の貴重な1点を守り切っての勝利。最少得点差の1対0ではあったが、内容は完勝と言っても良いだろう。


 翌々日の24日。振替休日。この日も好天に恵まれ、気温は15度まで上がった。この試合はローテーションでまた医師がスタメン。ボランチの位置に入り攻守にわたって奮闘した。前半で2得点を奪った僕たちは、医師をディフェンスの位置に下げて5バックを形成。蔵島キャプテンと野元は、後ろに医師がいる安心感から普段以上に積極的なプレーを見せ、相手の攻撃をシャットアウトした。2対0の勝利である。


 3月1日の準々決勝。天候は曇り。気温は17度。今年は暑い日が続く。今日の相手は『Ponda FC』。JFLに在籍している実力のあるチームで、特に10番を背負う吉橋よしはしは元Jリーガーだ。天皇杯の本戦にも何度も出場している、この大会の大本命とも言えるチーム。この相手にどこまで戦えるのか、というのが一つの試金石になる。ローテーションでは與範の出番なのだが、やはり相手の力を考えるとGKの野心はどうしても必要だろう。みんなで相談した結果、その結論になり、與範と医師はベンチに控えた。

 かなり押し込まれる展開になり、前半から何度も決定的なピンチを迎えたが、蔵島キャプテンの体を張った守備と野心のスーパーセーブで難を逃れた。ほとんど攻撃が出来ないまま前半が終了。野心一人では厳しいという事が分かったので、後半の頭から與範を投入した。また、FWにはスーパーサブのドリブラー古賀を入れて、玲人と2トップを組んだ。この交代が功を奏し、カウンターから古賀がドリブル突破すると、阻止しようとした相手DFが後方からのタックルで一発退場。いわゆるDOGSOドグソである。直接狙うには難しい位置だったが、僕にとっては最も合わせやすい角度。ゴールへ向かう軌道のフリーキックを、GKの手前で與範が合わせ先制。優勝候補とはいえ1人少ない相手。その後は完全にペースを掴んで1対0の勝利となった。


 3月8日。日曜日。一般予選の最終戦である。時折小雨が降る肌寒い天候。相手はJFL所属の『埼玉武蔵野タウンFC』である。元日本代表で、ワールドカップ3大会連続得点 & アシストという、世界でも数えるほどしかいない偉業を達成したMF 機械田圭佑きかいだけいすけがいる。衰えたとはいえ、その高い技術と強靭な精神力は健在で、キャプテンとしてチームを牽引する。機械田のフリーキックは非常に危険なので、ゴールに近い位置でのファウルは厳禁である。……そう話していたのだが、やってしまった。0対0で迎えた前半の40分。そこまでは前の試合より良い内容で戦えていた。十分に手応えもあった。しかし機械田の一撃で1点先行されてしまったのだ。

 前半を終えて1点のビハインド。このままではマズいという事で、後半の立ち上がりから野心、医師の両名を投入した。本気モードである。すると後半立ち上がりの5分過ぎ、医師がカットしたボールをそのまま前線へフィード。與範がそれを受けると、飛び出してきたGKをあざ笑うかのようなループシュートを決めて、同点に追い付く。更に立て続けにコーナーキックのチャンスを得ると、右からのCKコーナーキックを蹴るのは高精度のクロスが持ち味の右サイドバック佐藤。緩く高めのボールを入れ、医師が頭一つ抜けた高さから叩きつけるヘッドを決めて2対1。逆転に成功した。こうなれば、あとは医師がディフェンスライン最後尾に引き籠り、GK野心とともに守りを固める。この鉄壁の守備は最後まで崩れず、2対1の勝利を飾った。


 僕たちが一般チームの代表である。あと2回勝てば、念願の天皇杯出場が決まる。目標はもちろん優勝だが、そのためには出場しなければならない。僕たちは一歩ずつ夢に近付いている。そう思うと、今日ばかりはテンションを抑えきれなかった。

 祝勝会は盛り上がった。二十歳を過ぎていないメンバーもいるので酒は控えた。ソフトドリンクとお菓子とケーキで乾杯である。会場はもちろん僕の家だ。母もこの結果に大層喜んで、特上の出前寿司の他に、手作りの料理、唐揚げやらステーキやらフルーツの盛り合わせやら、それはもう大量に用意して待っていてくれた。食べ盛りの若者が20人近く集まってもなお消費しきれないほどであった。

 男性陣には今ひとつ不人気だったホールケーキは、マネージャーがホクホク顔で未開封のものを2つ両手に抱えて帰った。また、キャプテンには特上の寿司を。大人気の唐揚げはタッパーに詰めてみんなに。お土産にした。

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