44 流れを変えるどころか更に
2-2。後半はずっと攻められっぱなしだったから追い付かれるのは時間の問題だったと、りんねは後に反省の弁を述べた。
更に勢いに乗るさいサファ。僕は対面するィノスのスピードに苦しみ、何度もクロスを上げさせてしまった。佐藤に代わり上野が入った右サイドは落ち着いたが、やはり対応には苦労している様子。59分のレオのヘッド。60分のィノスのミドル。62分の溝呂池のボレー。63分は久々に僕たちの攻撃で、クリアボールを回収した神子のドリブル突破から、最後は與範を囮にした後半初シュート。いずれも枠を捉えなかった。
迎えた64分。遂に逆転を許してしまう。ィノスの突破を何とか体を入れて防ぐ。しかしィノスも簡単にボールを渡さない。自由にさせまいと、体を押し当てる。鍛え上げた僕の体は、屈強なィノス相手にも簡単に押し倒されたり跳ね飛ばされたりはしない。おしくらまんじゅうのように体をぶつけあう間に、素早く木々岐鬼がフォローに入る。キャプテンもカバーに来たが、それより早く僕の足元にあるボールを掻っ攫う。木々岐鬼のクロスはワロスになって、一旦は逆サイド側へ流れた。廻神が回収してすぐ後ろへ、木真里が大きく踏み込んでシュート性のクロスを入れる。いやシュートだろうか? 全く枠は捉えていないものの、これがDFの間を抜けてゴールを横切り、ファーサイドでレオが詰めて押し込んだ。
65分。2-3。もはやこれまでか……僕は肩を落とし俯いた。
「顔を上げろ! まだ終わってねえ!」医師が檄を飛ばす。「まだまだ時間はあります。行きましょう」野心もゴールマウスの中のボールを拾って、センターサークルに蹴り返した。りんねはここで葉鳥に代えて真壁を投入。本来FWの真壁を練習通りCBに入れ、司令塔田所のポジションを一つ上げてボランチに戻す。これで少しでも與範、神子にパスを届ける形を作る。一方さいサファも更なる攻勢をかけるべく、疲労の見える麻生に代えて近堂、木々岐鬼に代えて五輪代表の木高
交代選手の質でも相手が上。流れを変えるどころか更に攻め込まれる。68分、黒木のスルーパスに抜け出した溝呂池が角度のない所からシュートを放つ。際どいコースに飛んだシュートを野心がギリギリで防ぐ。こぼれ球を拾った田所が神子にパスを出したが、代わって入ったばかりの近堂がこれをカット。そのまま持ち上がり、PA手前で武藤とスイッチ。武藤はシュートフェイントからPA内に切り込んだ。守備練に時間を割いていたとはいえ、所詮は付け焼刃。対応した真壁は簡単にフェイントに引っ掛かり、慌てて足を出した。その足がドリブルする武藤を引っ掛けてしまった。審判が強くホイッスルを吹く。ハッとして審判を見ると、ペナルティスポットを指さしている。PKだ。
「ドンマイ」真壁の肩を叩いて声を掛けたものの、僕自身、敗戦を覚悟した。このワンサイドゲーム、一方的に押し込まれる展開のまま70分になろうとしている。1点差でも厳しいのに、2点差がついては絶望だ。得点能力に優れる神子も與範もいるが、ほとんどボールに触れていない。これでも逆転が出来ると思うのは相当な楽天家だけだろう。「野心を信じよう」そう慰めたものの、トッププロのキックともなれば野心でも止めるのは難しい。今までの経験からそれを知っていた僕には、ただ祈る事しかできなかった。
キッカーは溝呂池。レオが蹴りたそうにしているが、さいサファをずっと引っ張ってきたエース溝呂池は譲らない。ボールの固さを確かめるように、何度か地面に叩き付けて弾ませたり両手で強く挟み込む。それからペナルティスポットにボールを置くと、5、6歩ほど下がった。満員の観衆も固唾を呑んで見守る。ゆったりとした助走。野心はギリギリまで動かない。それを見た溝呂池は最後の2歩、勢いを付けてゴール右下隅を狙った。野心も同じ方向に飛ぶ。強いキックだ。コースも良い。しかし野心は長い腕を伸ばすと、このシュートをゴールの枠から弾き出した。
「っしゃ!」
「ナイキ―!」
「助かった!」
「さすが野心だぜ!」
九死に一生。野心の元に集まり、口々に感謝と賞賛の言葉を述べる。しかしまだピンチは続く。さいサファのCK。「マークしっかり!」野心の声にみな自分のマークを確認する。僕はいつも通り、左のポスト際に陣取った。黒木の鋭く曲がって落ちるキック。ファーサイドから走り込んだ近堂が真壁と競る。近堂の方が頭一つ高い。中央に折り返したボールに野心が飛び出す。混戦の中、辛うじて触ったものの、大きなクリアは出来ない。跳ね返りをダイレクトボレーで狙ったのはレオ。野心は敵味方ともつれ合うように倒れている。レオのシュートが僕の頭上を通った。ヘディングでクリアしようと試みたが届かず。これがゴールネットを揺らした。
2-4。せっかく野心がPKを止めたというのに。結局、2点差に……
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