第48話 終幕、そして

 探偵助手とちびっ子の決闘は、助手の勝利で幕を閉じた。


「楽しかった?」


 そう口に出した0.5秒後に、助手はデリカシーがない発言だったかもしれないと反省した。

ちびっ子はそっぽを向いている。


「……うん」

「うん……、うん!?」


 ちびっ子はそっぽを向いていた。それが照れ隠しであったことに、気づくには少し時間がかかった。


「もう一回やろうよ。今度はボクが勝つから」

「もちろん! だけど、次の相手はミノさん、一緒に来てた女の人で――あれ? ミノさんはどこに?」


 決闘が始まる前まで一緒にいたはずの探偵の姿はない。


「じいやもいないね、どこ行っちゃったんだろう」


 執事と探偵、二人の姿は忽然と消えてしまった。

 もしかすると、ちびっ子を引き付けている間に、屋敷の中を探索しているのだろうか。なんだか腑に落ちない。執事が居ないのも気になる。


「一度ログアウトしようか。先に戻ってるのかもしれない」


 ちびっ子は素直に首を縦に振る。決闘を終えたばかりの二人は揃ってログアウトした。

 ユウの居室で目覚めた二人。

 カンイチのスマホには、探偵からの見覚えのないメッセージが一件届いていた。

 


 時は少しさかのぼり、ちびっ子と助手の決闘の途中。

 幼いご主人が劣勢に立たされた瞬間に、同席していた探偵をちらりと盗み見る。

 そのまま執事はこっそりと観戦席を離れ、一足先にログアウトしていた。

 執事が目覚めたのは、屋敷の応接室。

 隣には、ヘッドセットを被った客人が眠っている。


「全く、肝が冷えたよ。まさか、こんなところで適合者と遭遇するとは。バレたらどうしようかと思ったよ」


 執事は足早に応接室を後にしつつ、スマホで電話を掛けた。


「ああ、俺だ。予定が早まった。20分後に回収を頼む。……ああ、分かってるよ。今度ウィスキーをおごってやる。よろしく頼む。地点は変更なしだ」


 執事はすぐにスマホをポケットにしまい直し、堂々と廊下の真ん中を歩いた。

 今、この屋敷の敷地内に、意識のある人間は存在しないことを執事は知っていた。

業務中にスマホを鳴らしても、咎める者はいない。

 首元のスカーフを緩め、燕尾服を脱ぎながら、廊下を進む。


「予定より早いが、ここらが潮時だろう」


 動きづらいかっちりとした執事服を脱ぎ捨て、男はとある部屋を目指した。

 目的地は屋敷の母屋ではなく、離れ。今はほとんど使用されていない、使用人用の建物だ。

 男は使用人室の木札が提がった部屋の前で足を止めた。


「自動切断は15分後に設定っと。さぁ、子猫ちゃんは元気かな」


 扉をあけ放ち、再びスマホを操作する。

 男の横顔は、丁寧に下準備した獲物へ飛び掛かる直前の山猫のようだった。


 しかし、男は気づいていなかった。

 初めから探偵が男を怪しんでいたこと。そして、その探偵に後を着けられていたことを。


「もう一度、子猫ちゃんに子守唄を謡ってあげないとね」


 男は部屋へと入った。

 すると、開け放たれたドアから探偵の耳へ、ドスンと大きな物音が届いた。

 物陰に隠れていた探偵は、慎重に耳を澄ます。

 しかし、初めの一回を除いて、全く物音は聞こえてこない。

 慎重に一分ほどその場で待機してから、じりじりと近づき扉の脇へ。

 ごくりと唾を飲み込み、探偵は部屋の中を覗いた。

 すると、扉からすぐそばで男が倒れていた。

 執事を脱ぎ捨てたあの男だ。気絶したかのように眠っている。

 床一面の厚手の絨毯が申し訳程度にマットレスの代わりを務めている。


「???」


 探偵の脳裏を覆いつくす疑問符。

 扉の前へと身を晒して、廊下からくまなく見渡すと、部屋の奥のベッドに一人の女性が眠っていた。年齢はおそらく大学生くらい。

 思い当たる人物は一人。おそらく、あの女性が助手の尋ね人だろう。

 だとすれば、これは千載一遇のチャンスだ。

 ターゲットを発見し、下手人と思しき男は寝息を立てている。

 探偵一人で、人一人を移動させるのは簡単ではないが、少し場所を移して、応援を待つくらいは可能だろう。そして、決断は早ければ早いほどいい。

 探偵はスマホのメッセージで助手へ応援を要請した。


「これでよし、と」


 そして意を決して、部屋の中へ。


「あ……れ……?」


 入った瞬間、探偵は意識を失い、絨毯の上に崩れ落ちる。


 部屋の隅、入り口からちょうど死角になる位置で、立方体の装置が静かに駆動し続けていた。

意識が完全に闇に落ちる寸前、装置が放つ小さなランプの光が、探偵の網膜に焼き付いた。

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