第54話 結末

 彼らが彼女を救出した日の夕方。

 探偵は警視庁の自動ドアをくぐった。

 出不精の気がある探偵にとって、夕日の照り返しはまぶし過ぎる。

 手のひらで目を覆い、後ろにそびえる高層ビルを振り返った。


 探偵は屋敷に居合わせた4人の中で、最も早く事情聴取を終えていた。

 顔なじみの蒲田刑事が担当してくれたこともあるだろうし、やや今回の事件への関わりが薄かったという理由もあるだろう。


先に解放されたとき、助手を待つという選択肢もあった。

 しかし、探偵はそうしなかった。


「そろそろ助手クンは彼女と合流した頃かな」


 早い話が、不器用なりに気を利かせたのである。

 この一か月間、助手が必死に動いていたことは、誰よりも探偵が一番よく知っていた。努力への対価は支払われるべきだ。少なくとも、自分がその邪魔をするつもりはなかった。

 探偵は助手たちがいるはずのビルを見上げた。

 ……ただ、一抹の寂しさを抱きながら。

 その時だった。


「探しましたよ、ミノさん」


 それは聞き間違えようもない、この一か月間、毎日のように聞いた助手の声だった。


「彼女のことは良かったのかい?」

「落ち着いているみたいでしたし、蒲田刑事が送ってくれるそうです」

「そういうことではなくてだね」

「まぁまぁ、いいじゃないですか。とりあえず帰りましょう」

「まったく、そんなだから君は……」

「君は、なんです?」

「……なんでもないよ。途中でコンビニに寄るよ」

「エナドリは一本までですよ」


 二人は他愛もない会話を続けながら、駅に向かって歩き出した。


 探偵の住処が近づくにつれて、電車の乗客は減っていき、ついに同じ車両の乗客が5人を切った。

 落ちかけた西日が二人の背中を照らす。

 寄り添う二つの影が、ガタンゴトン、と、揺られている。


「箕さんは、蒲田刑事から聞きました? 今回の事件について、何か」

「多少はね。聞きたいかい? と、聞くまでもないか。当事者だものね」


 助手はすぐに頷いた。探偵は助手の顔を見ずに、そのまま口を開いた。


「私の推測も混じるから、話半分に聞きたまえ」


 それから探偵が語ったことはだいたいこのあたり。


「初めは、不知火侑の遊び相手として雇われた住み込みの長期アルバイトだった」

「アルバイトの契約が終了した後は、ADGs内で屋敷の執事に監禁されていたこと」

「執事の狙いは不知火侑の両親が開発していた新型ダイブ装置と彼女の奪取であったこと」

「その新型ダイブ装置を利用して彼女を監禁していた可能性が高いこと」

「侑が罪に問われる可能性は低いであろうこと」


「――これくらいかな」

「それで、執事は箕さんの知り合いだったんですよね?」

「……どうしてそう思うんだい」

「明らかに様子が変でしたもん。分かりますよ」


 助手は少し申し訳なさそうに照れ笑いをした。


「話にくいことなら……」

「いいさ。もう他人ってわけでもないからね」


 助手はその言葉にドキリとした。


「あの執事と会ったことがあるわけじゃないんだ。ただ、アイツが属している組織、通称“鴉”には因縁があってね。ずっと追い続けてたんだ」

「“鴉”……聞いたことはないかもです」

「基本はADGsの中で犯罪行為を行う組織だからね。無理はないさ。そして、組織の構成員は、私の“追想”のような特殊な能力を持っている」

「能力!? みんなが記憶を読めるってことですか!?」

「能力の種類は個人差があるけど、似たようなもんさね。執事は“昏睡”の能力を持っていると言っていた。それと装置を利用して、彼女を監禁していたんだろう」

「あの~、それって自分も習得できたり……」

「無理だな」

「……ですよね~」

「それに、良いことばかりじゃない。良くないことの方がずっと多い」

「え?」


 助手は探偵を見た。俯いた探偵の横顔には悲しみの色が映っているように見えた。


「ま、こんなことはどうでもいい、彼女の方はどうなんだい。キミの彼女だろう? 放っておいてよかったのかい」

「あはは~」

「あははじゃないよ。彼氏としてやるべきことは山ほどあるだろうに」

「それがですね……振られちゃいました」

「え!?」


 今度は探偵が助手の顔を覗き込む番だった。

 

「どうして……」


 助手は黙ったまま、探偵と合流する少し前、警視庁の建物内で彼女と交わした会話を思い出した。


『ありがとう。助けてくれて』

『実は、貫一くんのこと、ずっと前に振ったつもりだったんだよね。失敗だったなぁ』

『だって、私のために頑張ってくれたんだよね。そんなの嬉しいに決まってるよ』


『だけど、貫一くんには気になる人がいるんだよね?』


 彼女にそう聞かれた時、助手は飛び上がりそうなほど驚いた。

 小さく頷くと、彼女はすぐに言葉を継いだ。


『けど、それは私じゃない。違う?』


 助手は答えなかった。迷っていた。


『少なくとも、今は違う?』


 助手の迷いはより大きくなった。しかし、今度の彼女は黙ったまま、彼の答えを待っていた。罪悪感が首をもたげた。しかしそれ以上に、嘘を吐くことは、彼にはできなかった。彼はおずおずと小さく頷いた。


『そっか~。そうだよね』


 彼には、ここで彼女に言うべき言葉があったはずだった。けれど、口は乾き、喉はただ空気を通すだけで、音は出ない。


『ぼさっとしてないで、早く行ってあげて。外で待ってるんでしょ。気になる人が』


 これが、助手が探偵を追いかけて警視庁のビルを出る、およそ十分前の出来事だ。

 ――言えるわけがなかった。こんなやり取りがあったことなんて。

 こちらを覗き込む探偵の顔を見て、急に頬が熱くなるのを感じて、顔を背ける。


「……本当はもっと前から振られちゃってたみたいです」


 箕は気まずい表情を浮かべた。確かに、助手と初めて会った時や、≪追想≫をした時もそんなことを言っていた。


「でも、この一か月を後悔はしてないですよ。助け手られてよかったなって思ってます」

「そうかい」


 沈黙が二人の間に横たわった。

車内アナウンスが探偵の最寄り駅の名前を流していた。


「これで、キミは晴れて助手から卒業だね」


 大変だっただろう、と、笑う探偵は少し無理をしているように見えた。

 助手は唇を引き締めた。


「もし、箕さんが良ければなんですけど……僕を雇ってくれませんか。今度は見習いじゃなく、本当の助手として」


 探偵は固まった。カチンコチンに固まった探偵の後ろを、電車が高速ですれ違っていった。


「これまでは僕が助けてもらいましたから、今度は僕が箕さんを助けたいんです。助ける人と書いて助手でしょう?」


 探偵が氷から解けるには少し時間がかかった。

ようやく頭が回りだした探偵の顔は次第にほころんでいく。


「……負けたよ。これからもよろしく頼むよ。助手クン」


 それは契約だった。

 沈みかけの夕日を背中に交わした、二人だけの新たな契約。


「そうと決まれば、今日は決闘の特訓をしようじゃないか。いっしょにやっていくためにも、何はともあれまずは決闘! 実力向上! 私に勝てるくらいになってもらわないと」

「それは気が遠すぎますよ~!」


 最寄り駅のドアが開く。

 二人は手を取って、電車を降りて行った。


◆◇◆◇◆


 こちらの54話でゲーミングチェア探偵は一度完結となります。

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 次回作も準備中ですので、そちらもお楽しみに!

(おそらくファンタジーになるかと)


2021/10/19 あおいしろくま

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ゲーミングチェア探偵がビームで犯人を破壊するまで@2,677,500と900秒 あおいしろくま @aoishirokuma

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