第37話 決着
リカとの決勝戦。
最後に立っていたのはカンイチだった。
ファンファーレが鳴り響く。カンイチの耳には届いていなかった。
今持てる全力を出せた決闘だった。
胸の奥から湧き上がる高揚と、脈打つ鼓動がカンイチを満たしていた。
「不整脈かな……ははは……」
リカは仰向けの体勢で舞台上に転がっている。
放心しているようにも、憑き物が落ちたようにも見えた。
「……不思議な気持ちでございますね」
「楽しかったですか、リカさん」
カンイチは手を差し出した。
リカは無言で差し出された手を取って、地面から立ち上がる。
『それでは準備が整い次第、表彰式に移ります! 少々お待ちください!』
カンイチはアナウンスで我に返った。
気づけば、歓声がステージを満たしている。
「手の一つでも振って差し上げてはいかがでしょう」
リカに促され、カンイチは小さく手を振った。
特に歓声は大きくなったりはしなかった。
「……リカさん?」
「ふふっ」
結果、自分の顔を熱くしただけに終わった。
憤りを込めて振り返ると、その場でリカが吹き出した。
カンイチは不思議と腹は立たなかった。少し嬉しいくらいだった。
「申し訳ございません。自分でもよくわからないのです。悔しいような、どこかすっきりしたような。不思議な気持ちでございます」
ほんの少しの罪悪感がカンイチの胸に芽生えた。けれど、その何倍も嬉しいし、いい気分だ。
「これが勝つってことなんですね」
リカは無言で頷いた。
舞台の真ん中では表彰台の準備が進んでいる。
やっと、カンイチにも優勝した実感が湧いてきた。
間もなく、舞台袖から小さなトロフィーを携えたアナウンサーが現れた。
表彰台。
真ん中にはカンイチ、二位にリカ。そして三位には遅刻気味に現れた少女の決闘者が立っている。カンイチが戦ったメイドの姿はなかった。
表彰台の上から場内を見渡すが、やはりメイドは見つけられない。
代わりにミノを見つけた。実況席で微笑んでいる。
カンイチはミノへ手を振った。
笑顔で手を振るカンイチに、場内から拍手が沸き上がった。
「そういうのはトロフィーを受け取った後にお願いしたいです! カンイチ選手!」
「あっ、すいません」
そして、なんとも締まらない流れで、アナウンサーからトロフィーを授与された。
再び巻き上がる拍手。笑い声が混ざった温かい声援に少し涙目になってしまった。
こうして、カンイチの大会は終わりを迎えた。短いエピローグを残して。
表彰式が終わった後、
カンイチはリカの控室を訪ねていた。
「どうかなさいましたか?」
帰り支度を整えていたリカは、立ち上がってカンイチを出迎えた。
「まだ、お礼を言えてなかったので、参りました」
「お礼参りでございますか? そのような恨みを買った覚えはございませんが」
「違います違います! 普通にお礼です。お礼参りじゃなくて」
「そちらにも特に覚えはございませんが」
リカは狐につままれたような顔をしている。
「ありますよ! 勝負を受けてくれてありがとうございました。それに前に言っていたハンデもつけたままにしてくれたりとか……いろいろと失礼なことも言ったのに」
「その件ですか。あなたが気に病むようなことではございません。この大会にワイルドカードを持ち込まないと決めたのも結局私自身。後悔も文句もございません」
「でも……」
「では、一つアドバイスをさせていただきます。勝者は勝者らしく堂々となさるのが良いでしょう。もし勝者に義務があるとすれば、それだけでしょう。私は常にそう心がけて参りました」
「リカさんが……」
カンイチはこれまでのリカのことを思い返した。
確かに、そうだったような気がする。
リカにはたくさんのファンがついている。その理由の一部はそういうところにあるのかもしれない。
「……むしろ、礼を言わなければならないのは私の方かもしれません」
「えっ?」
「あなたの強い気持ちと努力は誇ってよいものだと思います。私も見習わなけば」
「そんな、リカさんも本気じゃなかったわけですし……」
「それは違います。私は本気で戦いました。デッキにワイルドカードは入っておりませんでしたが、そんなことを言い訳にするようでは真の決闘者とは言えないでしょう」
リカはまっすぐにカンイチを見つめている。
「それに、そのような謙遜は、あの決闘を汚すことにつながります」
カンイチはリカの強い語気に気圧された。
まるで、路地裏で初めて決闘した時くらいに強い言葉だった。
「決勝戦、久々に身を焦がすような決闘でございました」
カンイチはやっと実感することができた。
今、自分はリカから認められたのだ。
それは、自分が思っていたよりもずっと嬉しいものだった。
「いつか、あやつに再び挑むのも悪くないのかもしれません」
リカは微笑み、カンイチはくすりと笑う。
「……だそうですよ、ミノさん」
バン、と大きな音を立てて控室の扉が開く。
控室に乱入してきたのは他でもないミノだった。
「言質はとったね? 助手クン?」
「はい。現行犯です」
「……まさか、ずっと扉の向こうに?」
「もちろんだよ。さぁ、お望みの決闘をしようじゃないか」
「はぁぁぁぁ…………」
リカは呆れるように深いため息をつき、そして笑った。
「……負ける覚悟はできておられますでしょうか?」
「いいや。どこかに忘れてきたね」
リカは鎌を構えた。
「ちゃんと観戦しておくんだよ助手クン。今度はリカリカの切り札も見られるだろう」
「偉くなりましたね。悪魔め。一丁前に弟子の心配をするとは」
「そういうリカリカはどうなんだい? 少しは成長したのかい?」
「……今日の私は強うございますよ」
「いいねぇ。そうでなっちゃ」
そうして、二人は笑って決闘の口上を述べた。
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